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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ポーニー前途洋々

港まで、およそ3時間。

船旅としてはさほど長くない。が、体感的には数日にも思えた。

桟橋が見えてから降り立つまでが、それまでのいつよりも長かった。


上陸した側のチェックは型通りだ。特に問題なく港を離れ、街へと続く

街道の入口に立つ。船で一緒だった客たちも三々五々と散っていった。

聞こえてくるのは、背後の港からの微かな喧騒だけ。


そこで。


「はああああぁぁぁ…」


ようやく、あたしは大きなため息をついた。航行中、ずっと詰めていた

息を思いっ切り吐き出した。正直、気分的にはずっと酸欠だった。


「大丈夫ですかポーニー?」

「…………………………」

「とりあえず、食事にしましょう。今後の事はそれから相談して…」

「あのさあ。」


どこまでも普通の言葉を口にする、その図太さに我慢の限界が来た。


「…あなた、本当にわざとやってるわけじゃないわよね?」

「何をですか。」

「とぼけんなよ。今回も…」


…………………………


ああ、何かもう面倒になってきた。

この男には、悪気など微塵もない。ただひたすら誠実に任務を果たす。

このあたしを護るという果てのない任務を、愚直に果たしている。


聖都グレニカンがロナモロス教団に乗っ取られ、あたしたちは逃げた。

明らかに異常な状況を目の当たりにして、とにかく聖都を離れた。


丸一日、震えが止まらなかった。


単なるクーデターとかだったなら、何もかも捨てて逃げるという選択は

しなかっただろう。あたしだって、仮にも皇女と呼ばれていた身だ。

もし宗教革命か何か起こったなら、民のため身を捧げる覚悟はあった。

少なくとも、マルコシム聖教の象徴となる気構えくらいは持っていた。


だけど、事態はそんな世間知らずのあたしの想像を大きく超えていた。

父は処されるでもなく、当然の如くロナモロスへの帰依を民に説いた。

さほど頑迷な人ではなかったけど、あまりに宗旨替えが呆気なかった。

たった一度の会見で、それほどまで父を変えた原因は何だったのか。


決定的だったのは、そんな父のすぐ後ろに立つあたし自身だった。

父の改宗はどうにか納得できても、あの異様な光景は理解を超えた。

そこであたしは、初めてロナモロスの異常性を肌で感じ取った。

これは説得でも交渉でもなかった。結末は、最初から画策されていた。

ロナモロスの教主たちは、ここまで想定した上で聖都に来ていたのだ。


あれが天恵の成せるわざなのかと、あたしは恐怖に駆られた。

秘かに憧れを抱いていた天恵宣告に対する、認識も完全に変わった。


とにかく逃げないと。

逃げて、この異常な事態にどうにか適応しないと。



こうしてあたしは、アースロと共に聖都から逃れた。


================================


とは言え、ただちに決死の逃避行が始まったわけではなかった。

どちらかと言うと、家出をしたかのような妙な解放感さえ覚えていた。

危機意識が足りないとか、不謹慎だとか言われれば反論などできない。

命を賭して脱出させてくれたゼノに申し訳ないと、分かってはいる。


だけど実際のところ、あたしに何が出来るというのだろうか。

ゆくゆくは教皇になる事は決まっていたけれど、今もなお父は健在だ。

政治的なクーデターでもない以上、後継者争いだとか何だとかといった

諍いは今は関係ない。って言うか、状況はもっと性急で異常性が高い。


ロナモロスの襲撃はあまりに周到であり、失敗などはあり得なかった。

あたしのニセモノがちゃんとあの場に用意されていた事も踏まえれば、

今のあたしは幽霊みたいな存在だ。

当然、総力を挙げて追跡してくる…といった展開もない。追手もない。

多少の追手ならアースロが相手するだろうけど、そんな機会は来ない。

そのおかげで、アースロが具体的にどれだけ戦えるかすら分からない。


たぶん、ロナモロスの連中はあたしをまともに探してもいないだろう。

父に寄り添うそっくりなニセモノがいる以上、あたしの方がニセモノと

思われても不思議じゃない。皇女の名を騙るなど、重罪もいいとこだ。

しかしあちらが本物だと主張された場合、あたしにはそれは覆せない。


何処をどう切り取っても、あたしとアースロでは勝ち目など全くない。

物理的な意味ではなく、存在として今のあたしは雑魚の極みだ。

父と聖都を手中に収めた以上、もうあたしを血眼で追う必要はない。


だからこそ、不謹慎だけどあたしは少なからずワクワクしていた。

きっと何かすごい冒険が始まる!と思い込み、ホージー・ポーニーなる

イタい偽名を名乗ってしまった。


完全な根無し草になるつもりなど、もちろんない。そこまで己の立場を

軽く考えてるわけじゃない。いつか何かの形で一矢報いたいとも思う。

でもそれは少なくとも今じゃない。聖都にあたしのニセモノがいる以上

大掛かりな追跡も捜索もされないと思っていいだろう。


だから、あたしは何日か経つに伴い落ち着きを取り戻していた。

こうなった以上は、ジタバタしても始まらない。何かしら目標を立てて

マイペースで臨んでいくしかない。開き直って旅を楽しもう。


そんな感じであたしが考えたのを、アースロはどう受け止めたのか。

いや、彼はあたしを護るという事に全力を尽くす存在だ。だとすれば、

よほどバカをやらない限り反対などしないだろう。その確信はある。

実際、彼は常に黙々とあたしの選択に付き合ってくれている。

従者としては、鑑と言えるだろう。それはあたしもちゃんと認める。


だけどね。


この男、とかく巡り合わせが悪い。何と言うか、トラブル体質だ。

怪しまれる要素などほぼ無いのに、無駄に危機を招く。


聖都から脱出する時にも、一晩だけと彼が選んだ宿にはロナモロスの

一団が泊まってた。後から気付いて冷や汗が出た。呑気に挨拶なんか

していた自分が、心底怖かった。


たまたま立ち寄った食堂にも、宿が一緒だった一団の中の数名がいた。

彼らの後ろの席に座って食べた食事は、ほとんど味がしなかった。

アースロが何かを選ぶたび、こんな事態が高確率で起きるのである。

何と言うか、もう慣れてしまった。最近ではそういう事が起きるたび、

情報収集だと聞き耳を立てる事さえある。明らかに麻痺してきてる。


とは言え、さすがに船が同じというのはあまりにも心臓に悪かった。

しかも今回は、明らかにロナモロスの幹部っぽい連中も混じっている。

ただの信者ならまだしも、そういう連中に勘付かれたらもう終わりだ。


だからこそ、心底ほっとした。



無事イグリセ王国に上陸できた幸運に、心から感謝した。


================================


どうしてイグリセに来たか。


もちろん、陸続きの国々は逃亡先として心もとないというのが理由の

一番手だ。けど、さすがにそれだけというわけじゃない。


この国は、他の国より神託師の数が多い。

とすれば、天恵に関してもある程度認識が深いんじゃないだろうか。

マルコシム聖教の皇女が何言ってると言われたら言い返せない。けど、

もうあたしは皇女としてはとっくに失脚してる。なら別にいいだろう。


個人的には、天恵にちょっと興味もある。自分にはどんな天恵が、と。

宣告を受けるかどうかは別として、とにかく見識を広げたい。


そしてもうひとつ。


このイグリセ王国には、「本物の」ホージー・ポーニーがいるらしい。

不思議な噂だけどあたしは信じる。エイラン・ドールのお葬式の際に、

大勢の前に姿を現したらしい。


なら会ってみたい。

もし天恵が関わっている事象なら、それはそれで構わない。

あたしのニセモノがにこやかに手を振るなんて事象より、よほどいい。

子供じみているのかも知れない。

だけど、あたしは現実ばかりに拘泥したくない。今のあたしの現実は、

あんまり救いがないから。



さあ。

いざ往かん、イグリセ王国。

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