刻印された名前
『あ、大丈夫?』
「え、ええ何とか…痛ったたた。」
派手に転んだネミルが、そう言っておっかなびっくり起き上がる。
さすがに恥ずかしかったのだろう。何ともきまり悪げな表情だった。
でもまあ、気持ちは分かる。あんなのを見たら、そりゃ悲鳴上げるよ。
人間よりも大きなトカゲ。それも、見上げるようなサイズじゃない。
多分、そこまで大きければ「怪物」として割り切って見られただろう。
その一方、画面に映し出されたのは絶妙に「気持ちの悪い」サイズだ。
人間と比べ、微妙にデカいトカゲ。生理的嫌悪感とはこの事だろう。
さすがに気を利かせたのか、画面は別のアングルに切り替わっていた。
俺たちには分からない言葉を使い、女性と初老の男性が会話している。
それも、大トカゲのすぐ横で。
『あー、こっち捉えちゃったか。』
「そうみたいね。」
「こっちって何だよ。」
「フレドがいた方じゃない異世界。つまり、彼女の出身世界よ。」
『ザリディオがいるって事は、まあ間違いないでしょうね。』
「ザリディオ?つまりあのトカゲの事か?」
『そう。あのサイズは多分、食用に飼われてる種でしょうね。』
「え」
そう言ってネミルが固まった。
理由はもう、考えるまでもない。
食用って何だよ、食用って。
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どうやら、ローナは昨夜の間に話を聞いていたらしい。いわく、かつて
タカネは異世界転移というのを経験した事があるんだとか。転生でなく
丸ごと異世界へ行くというやつだ。ただの転移なら知ってるが、それを
世界間でやるってのは凄いな。
で、あの食用大トカゲがいたのは、タカネが元いた世界って事らしい。
つまりフレドがいた世界とは違う、もうひとつの異世界って事になる。
いやいや、ちょっと待ってくれよ。という事はつまり…
「その世界にもタカネがいる、って事になるのか?」
「そう。」
「あんた一体何人いるんだよ。」
『ちゃんと数えた事ないなあ。もう今じゃ把握し切れないし…』
「分かった、もういい。」
返ってくる答えが規格外過ぎる。
二人とか三人とか、そういうレベルですらないらしい。もういいや。
何度目になるか分からないが、もう理解するのは諦める事にする。
それより…
「じゃあ、目指す世界は?」
「もう一回探すしかないか。」
そう言ったローナが、あのトカゲの世界が映っていた画面を閉じる。
『あっちを見つけられたんだから、きっと上手く行くわよ。』
「だといいけどね。」
励まされたローナは苦笑していた。うん、ハズレを引いて凹んだな。
まあ、気を取り直してくれ。
と言うわけで、検索再開。
しかし今回は長い。さっきと違い、なかなか捉えられないらしい。
何が違うかは皆目分からないけど、とにかく俺たちは待つしかない。
チリリン。
「あ、いらっしゃいませ。」
カチャカチャやってる間に別の客が来た。俺たちは席を立って接客。
とりあえず、今はローナに任せる。傍目には一人で悩んでるみたいに
見えるけど、実際はタカネと二人。…何ともシュールな光景だな。
俺たちは俺たちで、きっちり仕事に臨むまでだ。
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最後の客が帰り、店を閉めようかと思ったまさにその瞬間。
「あったッ!!」
若干裏返った声でローナが叫んだ。振り返ると、会心のガッツポーズ。
鍵だけ閉め、片付けもそっちのけでテーブルに駆け寄る。見つけたか!
勢いよく駆け寄ったものの、画面を開く時にはネミルもポーニーも少し
及び腰になっていた。分かるぞその気持ち。さっきのはあまりにも…
『大丈夫。こっちの世界にああいう生き物はいないから。』
タカネがそう言ってくれたものの、やっぱり俺も身構える。
「さあて、んじゃ今度こそ!」
エンターキーが押され、いっぱいに展開された画面が明るくなった。
…………………………
よかった。今度は普通の人が映っている。見ため的にも俺たちと同じ…
うん?
『…今日はずいぶん寒いな』
『まったくだ。』
「おい、何か言葉が分かるぞ?」
思わず俺はそう言った。
さっきのトカゲ世界に映った人たちの会話は、何にも分からなかった。
それがどうして今回は分かるんだ?
『ああ、英語圏だからね。』
「は?」
『あなたたちの言葉、つまりこの国の言語は、あたしのいた異世界では
英語と呼ばれる言語なのよ。』
「え…それじゃ、同じ言葉を使ってるって事ですか?」
『そう。割と近い世界なのかもね、ここは。』
「へえー…」
俺たち三人は、揃って感心した。
異世界とは言っても、そういう事が起こる可能性もあるのかと。
何と言うか、それまでとは少し違う好奇心が湧いてくる感じだった。
そう言えばフレドも、少しだけ言葉が分かるとか言ってたっけ。
「それはそうと、この世界で間違いないの?」
そう言ったのはローナだ。おそらく彼女的には、これだけ時間をかけて
ハズレは引きたくないんだろうな。
『多分大丈夫だと思うけど…じゃあ確認しましょう。』
「確認?」
どうやって確認するんだろうか。
「つまり、あなたを探すの?」
『いつどこで何をしてたかなんて、さすがに全ては憶えてない。だから
いつもの方法で確かめる。』
「いつもの方法って何ですか?」
『いちばん確実なやつよ。』
肉体はないけれど、ポーニーの問いに答える声は少し笑っていた。
『ローナ。』
「うん?」
『ここに行ける?』
「え?…ああ、うん。」
画面脇に表示されたのは、おそらく緯度と経度だろう。かなり細かい。
これなら多分、特定の建物まで指定できているに違いない。
『えーと…んじゃあホイっとな。』
カチャカチャと数字を入力すると、画面が一瞬で切替わる。そこには、
何やら大きな銅像があった。誰だ、このおっさんは?
「誰これ?」
『アメリカ合衆国初代大統領。』
「…あ、ゆうべ言ってた奴?」
『本人存命中に作られた像だから、ずっとここにあるのよ。それこそ、
何百年もね。足元に寄ってみて。』
「ああうん。えと…あ、あれか。」
どうやら、足元に金属のプレートが埋め込まれているらしい。あの像、
つまり初代大統領の名前って事か。ゆっくり画面が寄り、やがて文字が
大映しになる。…おお、文字も同じなんだな。俺にも読める。えっと…
「…ジェフリー・ハングトンか?」
『はい、大当たり!』
「え?」
何が大当たりなんだ?
生前に銅像が作られる大統領って、けっこうな偉人だろ?
こんなので、何が分かると…
『別名オズレン・ホルト。こいつはあたしたちの宿敵だった男よ。』
「え?」
大統領が宿敵?
『こいつがいたなら間違いない。』
「ホントに?」
『ええ。』
パソコンから聞こえるその声には、確信が込められていた。
『ここはハングトン時空。つまり、友樹とあたしのいた世界よ。』