ローナの責任
「…とは言え、今日のところはもうお開きにしようか。」
「は?」
「は?」
「へ?」
さあ、いざここから!という時に、ローナが唐突なお開き宣言をした。
完全に出鼻を挫かれた俺たち三人の声が、マヌケにハモる。その一方、
タカネさんは特にノーリアクションだった。
いや、何でだよ。
フレドがこの場からハケて、もっと突っ込んだ話ができるって展開じゃ
なかったのか。まだ日も暮れてないのに、どうしてここで切るんだよ。
「見た感じ、フレドの魂は今すぐにどうこうなるって状態じゃない。」
俺たちの詰問に対し、ローナは事もなげに答える。
「もちろんトモキ君に苦労を強いる事にはなるけど、どのみちすぐには
解決の道は示せない。だとしたら、慣れてもらうのも重要でしょ?」
「それは…」
「まあ、確かにそうかもね。」
困惑する俺たち三人とは対照的に、タカネさんはあっさりしていた。
「両親に説明しないなら、今の自分の状況をある程度受け入れるのは
必須ノルマだろうし。」
「そういう事。」
頷いたローナが、その視線を俺たちに向けてニッと笑う。
「難題ではあるけど、あなたたちの暮らしまで犠牲にする必要はない。
何度も言うけど、別にそういうのは望んでないからね、あたし。」
「…分かった。」
そこまで言われてしまえば、俺たちとしても特に異存はない。
確かに厄介な問題に直面してはいるけど、それはそれ、これはこれだ。
明日も、俺たちの暮らしってものは普通に続いていくんだから。
と言うわけで、今日はここまで。
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「それじゃあ、あたしはこれで…」
「ちょい待ち。」
店から出ていこうとするタカネさんを、ローナが呼び止めた。
「ただ食いはよくないよ。」
「ああ…ツケは無理かな?」
「いや、その…」
どう言えばいいんだろうか。彼女も人外という意味ではローナに近い
存在だし、いくらなんでもこの国の通貨を持ってないのは知ってる。
そうは言っても、いきなり皿洗いを手伝ってくれと提案するのも…
「どっちみち、あなたを一人にするわけには行かない。今はまだね。」
「…と言うと?」
「さすがに、そこまで信用してないって事よ。異世界転生の裏をかいて
この世界まで来た相手をね。」
「…………………………」
何だ。
いきなり空気が張り詰めた。
さっきまで普通に話していたローナの口調が、厳しくなっている。
俺もネミルもポーニーも、ローナとタカネさんの間に入れない。
だけど、ローナの言わんとする事は何となく察した。
いくら協力的だとは言え、目の前にいる相手はあまりに底が知れない。
まさかローナと同義の高次存在って訳じゃないだろうけど、かと言って
普通の人間だとも思えない。いや、人間じゃない事は本人も認めてる。
だとすれば、このまま「野放し」にする事は出来ないって話なのか。
見た目は金髪美人でも、その正体はまだはっきりとしてないんだから。
きっとそれは、曲がりなりにもこの世界で恵神と呼ばれる者の責任だ。
ましてや、タカネさんをこの世界に現出させたのはローナ本人だから。
だけど、じゃあどうするんだよ。
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「それじゃあ」
沈黙は、ごく短かった。
破ったのはタカネさんの方だった。
「もしあたしが、あくまでも好きにする.…と言ったらどうするの?」
「ハイそうですか、とは言えない。少なくとも、今のままではね。」
まだ緊迫したままなのかよ。いや、タカネさんもどうしてそうなる。
目的は同じなんだから、今この場はローナの言う通りにすべきじゃ...
いや、違うな。
それはあくまでも俺たちの解釈だ。あんな常軌を逸した方法を使って、
異世界に来た存在の考える事など、分かるわけがない。まして彼女は、
「フレドの事」以外に興味も関心も持っていないかも知れないんだ。
だけど、ここで反目する事に意味はあるのだろうか。
俺たち四人もタカネさんも、フレドを助けたいと思ってるのは同じだ。
タカネさんにどれほどの事が出来るかはまだ分からないが、少なくとも
彼女一人で何もかも解決する…とは思えない。ネミルのやらかした事は
そこまで単純じゃないはずだ。
どっちにしろ、俺たちに出来る事はない。口出しも出来ない。…いや、
今に限って言えばそれが普通だ。
頼む。
ここは、どっちかが折れて…
「だったら見せてみてよ。あなたに何が出来るのかを。」
そう言ったタカネさんの目の前に、いきなり獣の牙のような「何か」が
現出した。音もなく宙に固定されたそれは、ローナに向けられている。
「ちょっ…!」
ネミルがうわずった声を上げた。
浮かぶそれが何か判らないなりに、危険なものと直感で察したらしい。
頼むから、この店の中でそんな…
「分かった。」
そう答えたローナの手には、いつの間にかノートパソコンがあった。
それ以上何も言わず、ローナはそのキーのひとつを人差し指で押す。
全ては一瞬だった。
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キュイン!!
タカネさんも宙に浮かんだ何かも、一瞬の発光と共に消失した。
出現した時よりもずっと呆気なく、彼女の姿は掻き消えた。
「ええっ!?」
目の前の展開に全くついて行けないポーニーが、頓狂な声を上げる。
…いや、声を上げそうになったのは俺もネミルも同じだ。
ローナは、あまりに容赦なかった。
何なんだよ。
彼女は手がかりじゃなかったのか。
どうしてこんな事になるんだよ!
フレドは一体どうなって…
『なるほど、こういう事ね。』
「うえッ!?」
ローナのノートパソコンから流れてきたその何気ない声に、俺たちは
今度こそ揃って変な声を上げた。
『ちょっと懐かしいわぁ、こういう状態って。』
「まあ、ちょっと我慢してよ。」
「…………………………!!?」
どうなってんだ本当に。
ローナは何をしたんだ。
タカネさんはどうなってるんだ。
ってか、喧嘩したんじゃないのか。
人外のやる事は、ホントにさっぱり分からん!