ディナには秘密で
夕方近くになってから、バタバタと店を開ける。
いい加減、こういう不安定な営業は避けたい。下手すると、あらぬ噂が
広まって経営危機がささやかれる。どうにか改善を模索しよう。
とは言え、今日のところはとにかく店を開ける。もちろん、帰ってくる
ディナ対策だ。いくらあの姉でも、子供を預けたせいで店を休んだ…と
知れば恐縮しきりだろう。あるいは今後、遠慮して二度と預けに来ない
展開も考えられる。
少し前までならそれでもよかった。もう十分に甥っ子は可愛がれたし、
そろそろ仕事と育児の両立を目指せと上から言う事だってできた。
しかし、もはや今は決定的に事情が変わっている。ディナが俺たちに
フレドを預けてくれないと、目的が果たせない。それは非常に困る。
正直言えば、毎日預けてくれる方がありがたいってくらいだ。
まあ、とにかく現状維持でどうにか解決策を探るしかない。
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「ごめんごめん遅くなった!」
「お疲れ。」
あわてて帰ってきたディナに紅茶を出し、当たり障りない挨拶をする。
「忙しそうだな。」
「いやぁー、ロナモロス教の動向がますます不穏でさぁ。下手すると、
世の中の情勢がガラッと変わる事も考えられる。こんな時だからこそ、
情報発信は大切だからね。」
「なるほど…」
こっちはこっちで実に大変らしい。とは言え、さすがに今の俺たちには
そういう社会問題に首を突っ込める余裕はない。目の前に居座る問題を
考えるだけで手いっぱいだ。
「来月になれば、もうちょっと余裕出てくると思うんだけどね。」
「いいよいいよ。遠慮すんな。」
「いいの?」
気前のいい俺に、ディナはさすがに怪訝そうな表情になった。
「何だか、そこまで協力的になってくれると逆に不安なんだけど。」
「考え過ぎだ。」
「…もしかして、フレドに変な事を憶えさせようとか考えてない?」
「考えてないよ、俺は。」
「そう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうけどね、遠慮なく。」
我が姉ながら単純で助かった。ふと見れば、ネミル達は微妙な顔だ。
そりゃそうだろう。嘘は言ってないものの、フレドはもうとっくの昔に
「変な事」というのをしこたま憶えさせられているんだから。
今さらって話だよな、ホントに。
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「ねえねえトラン。」
寝ている(フリをしてる)フレドを抱き上げたディナが、出ていく前に
小声で俺に問いかけた。
「あの美人さん誰?あんな人、この街にいたっけ?」
「遠くから来た旅行者だよ。」
ディナが視線を向ける窓際席の女性を一瞥し、俺は即答を返した。
「へえー旅行者ね。ちょっと話とか聞いてみたかったな。」
「やめとけって。…と言うか、早く帰らないと義兄さん心配するぞ。」
「はぁい。」
さすがにそれ以上は食い下がらず、ディナとフレドは帰っていった。
ホッと小さく息をついた俺に、窓際の女性―タカネが声をかける。
「あれがお姉さんね?」
「そうです。」
「そっか…なるほど…」
もう、フレドがどういう存在なのかについては説明し終えている。
俺の実姉が彼の母親だという点も。あらためて、転生者と同じ世界から
来た人に話す感覚は不思議だ。血縁って言葉の意味を見失いかねない。
何と言ってもディナに怪しまれたらマズイ事になる。そしてそもそも、
タカネさんが来たからといってすぐ問題が解決する…って訳でもない。
まだまだこれからだ。
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ディナが帰ったのを確認し、すぐにまた店を閉める。変に慌ただしい。
あらためて、俺たち五人はそれぞれ飲み物を携えて席に着いていた。
次にフレドを預かるのは明後日だ。タカネさん的には心配だろうけど、
あいつにはあいつの「今」がある。もちろん15歳の人間にとっては
しんどい状況だろう。が、ディナもドッチェさんも息子を愛している。
いくらややこしい事情があろうと、それを壊す事だけは許されない。
今日と明日とは、フレド抜きで話を進めるしかないだろう。
実際、「その方がいい」とローナが言う部分もあるのは事実だ。
いくら当人とは言っても、やたらと何もかも聞かせるのは悪手だろう。
とにかく俺たちは、全力を尽くすと誓った。その点は何も変わらない。
思いもかけないイレギュラーが参加したとは言え、本質は同じだ。
何はさておき、まず彼女とフレド…もといトモキの出身世界を探す。
「さあて、んじゃ仕切り直しね。」
美味そうにコーヒーを飲みながら、ローナが俺たち全員に告げる。
「まずは世界の割り出しよ。」
「出来るの?」
「それは、あなた次第。」
そう言ったローナの視線が、質問を投げたタカネさんに向けられる。
「少なくとも、フレドの記憶を探るよりは前に進めるでしょ。」
「だといいけどね。」
「いや、そうであってもらわないと困りますよ。」
「そうそう。」
「お願いしますよ!」
言い添えた俺に、ネミルとポーニーも続く。割と必死な俺たちに対し、
タカネさんは愉快そうに笑った。
「了解了解。ま、ここはお姉さんに任せなさいってね。」
「……」
何だろう。妙な違和感だな。まるで他人の決め台詞をパクったような…
そもそもこの人、何歳なんだろう?年齢不詳も甚だしいんだが。
「こういうのって、あたしとしては初めてじゃないから。」
「そうなんですね。」
悟り顔でネミルが頷く。こういうのとはどういうのか、訊くのが怖い。
いや。
もう開き直ろう。
経験者なら、心強い限りだと。
「フレド・カーラルの中の人」以降のエピソード展開は、当方の前々作
「骨身を惜しまず、挑め新世界!!」とのクロスオーバーになります。
タカネを始めとするキャラクターはこちらの作品に登場しますので、
よろしければ併せてお読み下さい。