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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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フレド・カーラルの中の人

今この瞬間にも、世界で多くの人が産声を上げている。

当然、今日が15歳の誕生日という人だって大勢いるだろう。そして、

もちろんそれは今日だけに限った事じゃない。毎日の世界の営みだ。


目の前でカチャカチャとパソコンを操作し続けている恵神ローナは、

そんな人たちに天恵を授けている。ただ一人も漏らさず、間違いなく。

今だけじゃない。馬鹿話をしている時も、皿洗いを手伝っている時も。

俺たちと接しながら、ローナは恵神としての務めを果たし続けている。


【魔王】の天恵を持っていようと、このあたりはとても想像できない。

前にローナは、天恵を授ける行為を「コーヒーに砂糖を入れる」程度の

事だと形容した。対象の一人一人を見るわけでもない、単なる作業。

おそらく、砂糖を入れるよりもっと簡単で他愛のない作業なんだろう。


だからこそ、分かる事がある。


どうしてローナが、「誰かのため」というところにこだわるのか。

普段は面倒臭がりなのに、どうして真に面倒な事に首を突っ込むのか。

そう。


やり甲斐があるからだ。



空虚きわまりない恵神の務めより、何倍も何十倍も何百倍も。


================================


「よーし、んじゃやるか。」


指を組んでグッと伸ばすローナは、傍目にもかなり楽しそうだった。

挑むのが他人の人生の覗き見という事実に、俺たち三人は複雑だけど。

そんな複雑な心情にはお構いなく、ローナは俺たちに向き直る。


「で、あんたたちも見る?」

「は?」

「脳への直接的なアクセスだから、画面で映像化する事も出来るよ。

一緒に見たいんならそうするけど、いらないならあたしだけが見る。」

「え?ええっと…」


俺たちは、思わず顔を見合わせた。

異世界で生きてきた、少年の人生。「興味がない」と言えば嘘になる。

しかし背徳感が凄い。いくら本人がOKだと言っても、趣味がいいとは

とても言えない行為だろう。


「…とりあえず、やめとく。」

「うん、あたしも。」

「右に同じです。」


ああよかった。ネミルもポーニーも俺と同じ考え方らしい。


「あ、そう。んじゃあたしが見る。重要な部分が見つかった時にだけ、

画像表示するからね。」

「そうしてくれ。」


答えながらチラッと目を向けると、明らかにフレドはホッとしていた。

まあそうだよな。気持ちは分かる。



とりあえず、今だけは耐えてくれ。


================================


「とりあえずは転生前、直近の…」

…………………………


ん?


カチャカチャを再開したローナが、そこでふと黙った。何だどうした?


「…あれ?おかしいな…」

「何がおかしいんですか?」

「いや、記憶領域がちょっと…」


ポーニーの問いに答えて手を止めたローナは、ヘッドホンを着けている

フレドの顔を見やる。


「あなた、15歳だったわよね?」

『はい、記憶が間違いなければ。』

「うーん…何でだろ。」

「何か、変なところがあったのか。年齢に合わない記憶とか…」

「いや、具体的な中身に関しては、まだ見てないのよ。おかしいのは、

記憶の総量の部分。」

「総量?」

「15歳にしては多過ぎるって事。控え目に言っても倍くらいある。」

「ええっ!?」


そこでネミルが目を見開いた。


「大丈夫なんですかそれ!?いつか頭がパンクしちゃったりとか…」

「いやいやそれは心配ない。ドルナなんて220歳超えててもケロッと

してるでしょ?記憶領域の容量には別に問題はないのよ。だけど…」


言いながら、ローナは画面の表示をじっと凝視する。


「この情報量はおかしい。どんなに本を読みまくってたと仮定しても、

ここまでにはならないはず…」

「だったら本人に訊けばいいんじゃないのか。それで何」


「あ。」


そこで今度はローナは目を見開く。


「これ、ひょっとして。」

「何だ?」

『な、何ですか?』


俺とフレドの不安声が重なった。

そんな俺たちの困惑など、一顧だにせず放たれた言葉。


それは…


「もしかして君、多重転生者だったのかも!?」

「は?」

『え?』


それは、理解を超える言葉だった。


================================


いや、別に理解できなかったというわけじゃない。言葉の意味は判る。

多重転生者という事は…


「つまり、前の人生も今回みたいな転生だったって事かよ。」

「そう!それなら説明がつく。」

『ええええぇぇ…』


さすがにフレドの声が変になった。無理もないよなあ、そりゃ。


『僕にそんな記憶ありませんよ!』

「転生前の記憶なんて、時とともに薄れていくもんだからね。」


しれっと答えるローナが容赦ない。ってか、もうほぼ確信してるな。

一方の俺たち三人は、さすがに話について行けなくなってきている。

何だ前世の前の前世って。もう少し現実味のある話にならないのかよ。

もう、黙って聞くしかない感じだ。


「確かに受け入れ難いだろうけど、もしそうなら望みが出て来るよ。」

『え?』「え?」「え?」「え?」


今度は、四人の声が重なった。

そこにどんな望みがあるんだ?


「さらに前の世界を経ているなら、そっちの残滓を探せばいいって事。

容量比を見た感じ、そんなに昔ってわけでもない。そっちに高次存在が

いてくれれば、次に転生した世界を一発で特定する道も見えてくる!」

「はあー…」

「なるほど…」


もはや俺たちは置いてけぼりだ。

とは言え、少なくともローナ的にはかなりいい傾向らしい。だったら、

今はそれを信じて任せるだけだ。


「よーし。んじゃ遡ってみよう。」

「…つまり、15年よりもっと前の記憶をって事か。」

「そう。この仮定が正しかったら、誕生日の前にも記憶があるはず!」


テンション高く言い放つと同時に、画面に横長のグラフが表示された。

キー操作により、その上の赤い線がどんどん左に移動していく。多分、

記憶を遡ってるって事だろう。よく見ると上の方に年齢表記もあった。


11…9…8……どんどん逆行する。さすがに俺たちも見入った。当人は

寝かされてるから見えないけど。


「よぉしそのまま。0歳を突破した先に……!………………ってあれ!?」

「あれ!?」


俺たちとローナの声がハモった。


『ど、どうなりました!?』

「止まっちゃった…」


グラフは0の位置で停止していた。その先の表示はもちろんない。

…いや、話が違うぞローナ?期待を返してくれよ。


「止まっちゃったけど…何だこれ。記憶が一気に増えた日があるよ。」

『え?い、いつですか?』

「生後一か月くらい…って、何だ、今の君とほぼ同じくらいの時よ。」


怪訝そうな表情を浮かべ、ローナは困惑しきりのフレドに問いかける。


「なに、あなた生後一カ月で猛勉強でもしたの?もしかして超天才?」

『知りませんってば!』


そりゃそうだ。今とは違って、その時の記憶なんかあるわけがない。

…だけど、じゃあ一体その日に何があったってんだ?


「うーん、想定外…多重転生者じゃないとすると…この記憶は何?」

「日って事は一日の記憶なのか。」

「そう。どう考えても、この一日で十数年分の記憶が増えてるのよ。」

「…………………………」


ますます意味が分からない話だ。

しかし…


「もう、その記憶の内容を見るしかないんじゃないですか?」


ポーニーのその提案はもっともだ。もはや、考えてても前に進まない。

見る方法があるのなら、まずそれを確認するのが一番だろう。


「そうね、確かに。」


迷っていたローナも決心した。まずこの怪しい日の記憶を確認すると。


「よーし、んじゃ抽出!」


さすがに、俺たちも見る事にした。こんな奇妙な話、見逃す手はない。

エンターキーを押すと同時に、画面いっぱいにその日の記憶が…


…………………………

……………………………………………………

…………………………


ん?


何だこれ?

何の文字の羅列だ?

さっぱり意味が…


「これって…プログラム?」


さらに訝しげな声で、ローナがそう言った。


================================


少なくとも、フレドにはプログラムとやらが何かは理解できるらしい。

とりあえず、文明の水準がそこまで到達してたって事なんだろうな。

とは言え当然、本人に心当たりなど何もなかった。まあそうだろうさ。

生後一カ月でそんなものを記憶する心当たりなど、あるわけがない。


謎が謎を呼んでばっかりだ。もはや俺たちは白旗を上げるしかない。


だが、ローナはなおも突き進む。


「まあ、分かんないのならこいつを実行するまでよ。あたしに対する、

挑戦状と捉えましょう。」

「いや何でだよ。誰からだよ。」

「それを見極める!」


ダメだ、完全にスイッチ入ってる。もう俺たちの手には負えない。

そして。


ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!


ものすごい勢いで、ローナは画面に表示されているプログラムとやらを

キーボード入力し始めた。もはや、叩いている指がまともに見えない。

これが神の本気かと、人間風情には見守る事しか出来ない光景だった。


疲れなど感じさせないまま、入力を続ける事およそ1時間。

さすがに待ちくたびれた俺たちは、おやつの時間としゃれ込んでいた。

と、その刹那。


「よっしゃ終わった!」


高らかにそう言い放ったローナが、大きく腕と背筋を伸ばした。

何と言うか、お疲れさまです。


「それで、どうだった?」

「後は実行するだけ。」


あ、まだなのか。


『じ、実行するんですか?』

「ここまでやってしない手はない。でしょ?」

『…そうですね、確かに。』


フレドも覚悟を決めたらしい。己の頭の中に在ったものだとすれば、

確かにここは覚悟すべきだろうな。もちろん、俺たち三人もご同様だ。

ここまで来たら見せてもらおう。


「いいよね皆の衆?」

「「「『どうそ!』」」」

「んじゃ、実行!」


迷いなくエンターキーは押された。



さあ、何が表示されるんだ?


================================


一瞬の静寂ののち。


キュイン!!


何の前触れもなく、目の前の空間で金色の光が弾けた。それは少しずつ

収束していき、やがてひとつの形を成していく。

背を向けた人間だ。それも俺よりも背の高い…そう、おそらく女性だ。

フレドでない事だけは確実だった。

俺たちはもちろん、さすがのローナも目を見開いて見守っていた。


数秒後。


ダン!


光は消失し、一人の人間が重い音と共に床に降り立った。

こちらに背を向けたまま、ブツブツ何か呟いている。…誰だこの人?

ってか、どこから現れたんだ!?


―大気組成解析。核実験前水準か。つまり異世界って事ね―


「あ、あのう…どなた?」


怖々と言ったネミルの問いかけに、その女性はパッと振り返った。


「あら英語圏!助かる!!」

「え?」


いきなり言葉が通じるのかよ。何かすごい嬉しそうだな、この美人。

そう、ものすごい金髪美人だった。いや、本当に誰だこの人は…

チラッと見ると、やっぱりローナは目を見開いて彼女を凝視していた。


数秒の沈黙ののち。


「まさか本当に、この「あたし」を見つけ出して実行するとはね。」


嬉しそうな呆れ顔で言った金髪美人は、俺たちの顔を見渡して告げる。


「どうも初めまして。」

「は…あの…ど、どなた?」


テンパりつつ名前を尋ねるネミルに、彼女はニッコリと笑って答えた。



「あたしの名前は、タカネ。」

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[一言] 最後の一文で思わず声が出ました! 異世界で金髪といったらあの人(?)! キーボードを叩いている神様に対し、神じゃないけど思いつく限り何でもできそうな人物の登場に、一気にテンションが上がりまし…
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