迷子の世界を探せ
それって、予知か何か?
自分では分からない。
けど、そういうものかも知れない…という確信はある。
だったら…
何をすべきだと思う?
分からない。
だけど…
…………………………
出来るだけの事をしておけばいい。
ただ、それだけの話よ。
================================
正直、俺に何が出来るのかは見当もつかない。
恵神ローナに出来ない事が多いってのはもう知ってるけど、俺なんかは
ただの名ばかり魔王だ。こんな時に役に立てるとは、とても思えない。
とは言え、卑屈になるのはまだまだ早い。目の前の難題は、それこそ
始まったばかりなんだからな。
よし、気持ちを切り替えて行こう。
================================
「それじゃ、まず最初の難関ね。」
いきなり「難関」と言い切るのか。ローナも変に正直なんだよなぁ。
いや、確かにこの場合、変に虚勢を張って語られる方が困るんだけど。
で、その難関とやらは何だ。
「とにかく、どこの世界から来たかが判らないと話にならないのよ。」
「ああ…なるほど。」
「そうですよね。」
「確かに。」
『そこから不明なんですか。』
納得する俺たち三人とは対照的に、フレドの声は不安そうだった。
そりゃそうだ。そのくらい最初から判ってる、と考えていたとしても、
別に不思議じゃない。って言うか、俺も実際そう思ってたから。
それにしても…
「転生者本人が認識できてるのに、出身世界は辿れないものなのか。」
「割と簡単に辿れる事例もあるんだけど、今回は母体からの転生だから
痕跡がほとんどないのよねえ…。」
そう言ってローナは肩をすくめる。
端的な説明ではあるけど、俺たちは何となくその意味を察した。
おそらく、転生にも色々なパターンがある。今回のフレドは、ディナが
その身体に宿した胎児に転生した。つまり完全にこの世界の人間として
生まれている。持ち越せたのは人格と記憶だけだ。だからこそ転生前の
痕跡がほとんどないって事だろう。…初手からハードモードだな。
「世界って、そんなにたくさん存在しているものなんですか?」
「そりゃ無数にあるよ。」
ノートパソコンのキーボードを操作しながら、ローナがネミルの質問に
答えた。その目はモニターをじっと見たままだ。探してるんだろうな、
その痕跡とやらを。
「あたしみたいな高次存在がいればいいんだけどねぇ…」
「つまり、神が実存する世界…って事か?」
「そう。それなら転生者の魂にも、その神様的存在の気配が残るのよ。
そこにアクセスすれば、割とすぐに答え合わせが出来るんだけど…」
そこまで行ったローナの目が、すぐ目の前のフレドに向けられる。
「どう?神様って存在した?」
『普通に宗教は存在しましたけど…実在したかと言われると…』
「あー、そうよねやっぱり。こりゃ神のいない世界で間違いないわ。」
「そうなのか…」
神がこんな機械をカチャカチャ操作しながら言うと、何とも不条理だ。
とは言え、神様が実在しない世界というのは不思議でも何でもない。
「じゃあ、どうするんですか?」
「高次存在が当てにできないなら、この子自身から探るしかないよ。」
ローナの口調が少しあらたまった。多分、気合を入れたんだろうな。
だったら俺たちも、出来る限り…
「トラン。」
「何だ?俺に出来る事なら…」
「サンドイッチちょうだい。」
「…あっ、はい。」
注文ですか。
確かに、俺に出来る事はこれだな。
少々お待ちください。
================================
「うーん…難しいなあ…」
展開は、あまり芳しくなかった。
ローナいわく、もっとも大きな道標となるのは血を分けた存在らしい。
要するに両親だ。転生時点で父母のどちらかが存命なら、時間をかけて
探し出す事が出来るらしい。幸い、フレドの元の両親は健在だった。
しかし、彼には2歳下の妹がいると判った。ここでこの方法は潰えた。
血を分けた存在は、唯一である事が絶対条件だ。要するに、一人っ子。
元の世界に兄弟がいると、そっちの結びつきの方が強く感知できない。
こればかりは、どうしようもない。妹の存在を恨むのも筋違いだろう。
「ワンチャン質問するけどさ。」
何となく自棄になった態で、ローナはフレドを凝視しながら言った。
「君自身が、誰かと子供を作った…って事はないの?」
「おい?」
『ありませんようっ!!』
合成されたはずの音声が裏返った。
いや、そりゃそうだろうよ。
「15歳にナニ訊いてんだよ!」
「時と場合によっては適齢期よ?」
「かも知れないけど!」
俺の声も裏返ってしまった。
「まだ学生だぞ!?彼女だって…」
『いや、交際はしてましたけど』
してたのかよ。
「じゃあどこまで行ってた?もしかして、君の知らない間に妊娠とか」
『すみません、そこまで踏み込んだ関係にまでは…』
「ああそうか、まだ何にも手出しはしてなかったのかぁ。」
『…何にもしてないわけじゃないんですけど』
「そうなの!?」
「お前も明け透けに喋り過ぎだ!」
「ねえ、これ何の話?」
ネミルとポーニーの視線が痛い。
いつの間にか、男友達のバカ話的な流れになってしまっていた。
…深刻さはどこへ行った?
================================
結局、血縁者の存在を手繰るという方法は頓挫した。
双子でも何とかなったらしいけど、あいにくそれも該当しなかった。
「じゃあ、どうするんだ?」
「そうねえ…」
キーボードを叩いていた手を止め、ローナが頭の後ろで手を組んだ。
「後は、彼自身の記憶から手がかりを探し出すしかない。」
「どうやって?」
話を聞くと、フレドは転生の瞬間に何があったかを思い出せていない。
何がきっかけでこちらに来たのか、その理由が分からないのである。
ローナいわく、時間をかければ思い出せるらしい。が、いつになるかは
全く不明だ。悠長に待っていたら、下手すると何年も話が進まない。
だから、それ以外の情報を参照して彼の出身世界を絞り込んでいく。
世界の成り立ちや年代などといった要素を色々訊き出せば、それなりに
特定する事はできるらしい。ただしこれも時間はかかるだろう。何せ、
彼は単なる一般人だ。そんな存在を見つけ出すのは容易じゃない。
「とは言え、現状これ以外の方法は思いつかないからね。」
「じゃあ、あれこれ細かく本人から聞くって事なんだな?」
「違う。」
え?違うのか。
「じゃあどうするんだ?」
「人間の記憶なんて意外と曖昧よ。憶えてない事の方が多いくらいね。
そういう、忘れてしまった事象にもヒントがあるかも知れない。だから
あたしが彼の記憶をノートパソコンでチェックする。委細漏らさず。」
「ええー…」
「それは何とも…」
たとえ15年とは言え、人の記憶を全て見るというのは気が遠くなる。
…いや、それ以前にプライバシーの侵害になるんじゃないのか。
そういう点は割ときっちりしているローナにしては、珍しい提案だ。
ネミルもポーニーも、微妙な表情になってしまっている。
「ま、言わんとするところは分かるけどさ。」
肩をすくめたローナは、その視線をフレドに向けた。
「やるかどうかは君次第って事よ。どうする?」
『少しでも可能性があるって事なんですか?』
「少なくとも、やらないよりは。」
『じゃあ、お願いします。」
迷いを振り切るかのようにフレドが言った。
『どうせ今の僕にとっては、過去でしかないわけですから。』
「いい覚悟だね。」
ローナは嬉しそうに笑った。俺たち三人も、その吹っ切れたかのような
強い口調に笑みを返す。
ローナの言う通り、なかなかの覚悟だと思う。素直に尊敬する。
15歳でここまで達観できるなら、きっと悪い結果にはならない。
頼むぜローナ。
せめて最初の難関くらい、いつものノリで乗り越えてみせてくれ!