ポーニーの言葉の向こうに
「ホントにゴメンねー今日は急に。問題なかった?」
「ええ。大丈夫でした。」
「ありがと!」
そう言いながらフレドを抱え直し、ディナは申し訳なさそうに笑う。
「…んじゃあ、明日はいつもどおりの感じでヨロシクね。悪いけど…」
「いやいや、それは別に構わない。遠慮するなよ。」
「おお、悪いねトラン。んじゃ!」
疲れなど感じさせない笑みを残し、ディナはそのまま帰っていった。
ちなみに、彼女が帰ってくるまでに店は再び開けている。いくら何でも
臨時休業のままでは過分に恐縮するだろうと思ったからだ。
いや、臨時休業を切り上げた理由はもうひとつあった。
ディナには決して言えない理由が。
と、その数秒後。
「ただいま帰りましたー!」
入れ違いになるように、ポーニーが戻って来た。どうやらディナの姿を
見ていたらしく、怪訝そうな表情で俺たちに問いかける。
「今日ってフレドちゃんを預かる日でしたっけ?今さっきそこで…」
「いや、今日は急な話だったんだ。だから帰りも早かったし。」
「トランさん。」
「うん?」
「ネミルさん。」
「え?」
「ローナさん。」
「ん。」
「何かあったんですか?」
「あった。」
奇しくも三人の声がハモる。
やっぱり分かるよなあ、すぐに。
さすがポーニーだ。
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店は定時まで営業した。それなりに忙しかった。
閉めた後で、今日の事をポーニーに委細漏らさず全て伝えた。もちろん
そこまでローナも帰らず同席した。
俺たち三人はあの後、フレドに対し何か追求するような事はなかった。
ただ、それまでと同じように世話をするまでに留めた。見方を変えれば
「保留した」という感じだろうか。いつもと違い、ディナがいつ戻るか
分からないのも不安要素だった。
問題の先延ばしでは?と言われれば返す言葉もない。その通りだろう。
俺たちだけでなくローナでさえも、もう一歩踏み込むのをためらった。
「ポーニーの帰りを待とう。」
俺が言ったその言葉は、実は三人の総意でもあった。
何がどう転ぶにせよ、ここから先は認識を共有する必要があるだろう。
だからこそ、早い段階でポーニーに事情を話しておく事が重要になる。
いささか言い訳じみているものの、俺たちはそうして帰りを待った。
どのみち、明日もフレドは預かる。
だから今日中に、しっかりと方針を固めておきたかった。
そして。
覚悟もしておきたかった。
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その夜。
俺もネミルも眠れなかった。当然の事とは言え、とにかく目が冴えた。
「やっぱり、あたしの責任よね。」
そんな事はない、などと気安く言う事は出来ない。それは責任放棄だ。
俺は言葉を選んで答えた。
「責任と言うか、原因は間違いなくネミルだ。それは否定しない。」
「…………………………」
「思うんだけどな。」
口に出す事で、俺も俺なりの確信を持つ事が出来た気がする。
「まだ「責任」って言葉を使うのは早いんじゃないのか?」
「どういう意味?」
「そのまんまだよ。」
向き直ったネミルの目をまっすぐに見返し、俺は声に力を決めた。
「確かにお前のした事は、フレドの運命を大きく変えたんだと思うよ。
だけど、以前にディナに天恵宣告を頼まれたのは、単なる不可抗力だ。
どっちみちフレドは異世界転生者としての運命は抱えていたんだ。」
「それは...そうだけど…」
「ポーニーも言ってたろ?俺たちに出来る事はやるべきだって。」
「…うん。」
「責任ってのは上手く行かなかった時に取るもんだ。まだまだ俺たちは
諦めの遥か手前にいる。だったら、今は気にすべきじゃない。」
「だよね。」
ようやく、ネミルの口調にいつもの明るさと力が少し戻って来た。
「だから、今日はもう寝ようぜ。」
「了解!」
吹っ切れたように答えたネミルは、ほどなく寝息を立て始めていた。
やれやれ。切り替えが速いな本当。
さて、俺も寝よう。
明日に備えて。
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ローナは、いつでも「恵神」らしい大局的な助言を俺たちにくれる。
何だかんだ言っても神なんだなと、納得する機会には事欠かない。
だけど、それは常にベストアンサーとは限らない。
たとえ傍目には浅はかだと思われる選択でも、時には必要になる事も
あるからだ。やっぱり最終的には、行動するのは人だから。
と言っても、俺たちは優柔不断だ。そうそう簡単に決断は出来ない。
だからこそ、こんな時に真っ向から言葉をくれる存在はありがたい。
「たとえ最良の結果が出せなかったとしても、全力は尽くしましょう。
でないと、中途半端な悔いだけ残す事になりますから。」
「そうだな。」
「そうだね。」
「でしょうね。」
きっと俺もネミルもローナも、面と向かって言って欲しかっただけだ。
最後に背中を押してくれる、そんなひと言を。
さすがは、エイラン・ドールの夢の化身だ。
ポーニーの迷いのない心が、今の俺には何よりも眩しかった。
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「じゃあよろしく。今日はちょっと遅くなるかもだけど…」
「いいよ、ゆっくりしてきてくれ。俺たちは全然かまわないから。」
「ありがと!また何かオゴるね!」
翌日。
そう言い残したディナは、元気よく出勤していった。
「昨夜は不思議なくらいおとなしくしてたんだよ、この子。」
そんな話をする顔を、俺たちは直視できなかった。やっぱりそうか…。
ともあれ、もう先延ばしにする気はない。覚悟を決めて臨もう。
「じゃあ、そういう事でいいよね?三人とも。」
「ああ。」
「はい。」
「もちろんです!」
ローナにそう答え、やがてネミルが「臨時休業」の札を掛けに行った。
昨日に引き続きだ。店の経営に問題があるのかと勘繰られそうだけど、
今回ばかりは仕方がない。
…いや、そういうんじゃないな。
これは、今日が終わるまでに何かの結果を出すという覚悟の表れだ。
ネミルのした事に対して、きっちりと答えを出して前に進む。
それが神託師と共に生きるという、ひとつのけじめでもあるだろう。
「さあて、んじゃ始めようか。」
言いつつ、ローナが取り出したのはノートパソコンだ。そして今回は、
何やら別の機器も用意している。
「何ですか、それ?」
「ヘッドホンとマイク。」
「念のために訊いとくけど、つまりそれは…」
「うん、異世界テクノロジー。」
やっぱりか。
まあ、この際細かい事は言わない。必要だから用意したんだろう。
まずは現状を探る。
何の現状かって?
決まってる。
フレド・カーラルのだ。
今の彼が、どういう存在なのか。
俺たちは、何をすべきなのか。
それを知らねば、何も始まらない。
頼むぜローナ様。