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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ディナの秘密の天恵

「さて。」


いったん落ち着こう…という事で、とりあえず店は臨時休業にした。

ポーニーはまだ戻っていないけど、それはまあいい。

ディナが慌ただしくフレドを預けに来た顛末は、ネミルから聞いた。

とにかく現状の把握と認識の共有。これが危急のノルマである。


奥の席にローナが座り、その対面にネミルが座っている。俺とフレドは

隣の席に陣取った。…何と言うか、尋問するみたいな構図になってる。

いや、実際これから臨むのは確かに尋問だろう。



ローナの目がそう言っていた。


================================


「今さら聞かなくても分かるけど、とりあえず答えて。」


淡々とした口調でそう言いながら、ローナはまっすぐにネミルを見た。

ある意味、開き直ってるんだろう。身を固くしつつも、ネミルはそれを

真っ向から見返して頷く。


「…はい。」

「あなた、前にこの子のお母さんに天恵を宣告してるわよね?」

「しました。」

「え!?」


即答に驚いたのは、もちろん俺だ。そんな事、まったく知らなかった。


「それっていつの事?」

「ご結婚の少し前です。」

「そんなに前かよ!?」


思わず声が裏返ってしまった。


「何で言わなかったんだ!?」

「秘密にしておいてねって、ディナさんに言われてたから。」

「…………………………そうか。」


単純きわまりない理由に、それ以上詰問する言葉が見つからなかった。

確かにディナの性格を考慮すれば、いかにも言いそうな話だから。

それにしても、よく今まで俺たちに隠し通せたもんだな。


「まあ、天恵はある意味個人情報と言えなくもないからね。」


口を尖らせ、ローナがそう言った。

彼女は恵神でありながら、そういう部分で変にきっちり線引きをする。

要するに、他人の天恵をいたずらに覗き見たりはしない、という事だ。

意識しないと見えないらしいから、ただでさえ接点の少ないディナなら

見ていなくても不思議じゃない。


今日まで知らなかった理由はこれで理解できた。しかし、じゃあそれで

何が分かると言うのか。もしかしてフレドの天恵には、ディナの天恵も

大きく関わってるのか?


ひと呼吸置いて、ローナはココアをゆっくり啜った。

俺たちもそれに倣って、乾いた喉を紅茶で潤す。



まだまだ話は始まったばかりだ。


================================


「念のため言ってみてよ。ディナの天恵を。」

「…ご存知なんですよね?」

「察しはついてるけど、確認よ。」

「分かりました。」


頷いたネミルが、俺とフレドの方にチラッと目を向けた。そして正面に

向き直り、背筋を伸ばして告げる。


「ディナ・カーラルさんの天恵は」

「天恵は?」

「【偉大なるゆりかご】でした。」

「え?」


思わず俺は目を見開いた。

何だその仰々しい天恵名は。いや、何か前に似たのを聞いた事あるぞ。

確か………そうだ【偉大なる架け橋】だったっけ。異界の知をこの世界に

もたらす、唯一無二の天恵なんだとローナが言っていたのを憶えてる。


「やっぱりそうだよねえ…」


さっきと似たような感じで、ローナは天井を仰いだ。

分かってはいたけどショック…って感じなんだろうな、たぶん。


「…つまり、どういう事だ?」

「その天恵は、異世界から転生してくる人間の受け皿になるものよ。」


視線を俺に向け、ローナは迷わずに言い放った。


「要するに、異世界人を懐妊できる唯一の存在って事。」

「…俺の姉貴が?」

「そう。」


頷いたローナが、いささか呆れ顔でフッと笑う。


「なかなかにとんでもない家系ね。【魔王】に【ゆりかご】とは。」

「…………………………」


そう言われても俺はリアクションに困るだけだ。



とことん困るだけだ。


================================


吹っ切れた口調で、ローナがディナの天恵について話してくれた。


【偉大なるゆりかご】

それはいつの時代においてもたった一人しかいない、唯一無二の天恵。

宣告を受けて覚醒したその身体は、異世界の魂を宿す器となるらしい。

ただし、本人には何の能力もない。宿したという自覚さえも生じない。

当然の話だけど、この天恵は女性にしか発現しない。本当に当然だな。


転生者を受胎する確率は五分五分。一人しか生まないなら完全に五分。

数人の子をもうけた場合は、確実にその中の一人が転生者になるとか。

そういう意味では、ディナはかなり引き運が強かった…って事だろう。


だけど、聞いた限りではごく当然の疑問が生じる。


「転生者だという事実が天恵なら、どうしてこんな早く見えたんだ?」

「奇跡的な偶然の産物よ。」


即答するローナの声から察するに、その偶然はあまり好ましいものでは

なかったんだろう。ネミルの表情もかなり固くて暗い。


でもまあ、聞かないと進まないな。


「その偶然ってのは?」

「…まず、ネミルが天恵を宣告したタイミングよ。」


そう言って、ローナはチラッと壁のカレンダーに目を向けた。


「時期的に考えて、その時にはもう彼女は妊娠してたって事でしょ?」

「そうです。オメデタだとポロッと言ってました。」

「マジかよ。」


俺は何も聞かされなかったんだな。まあいいけど。


「つまり彼女は、妊娠してる状態で【偉大なるゆりかご】という天恵を

得た事になるね。当然、お腹の中のこの子が転生者の魂を宿す状況も、

きわめて不安定だったって事よ。」

「なるほど…」


母子ともに、かなりイレギュラーな状況で天恵を得たという事なのか。

何となく想像は出来た。


「…それじゃ、そのせいであたしに天恵が見えちゃったんですか。」

「そういう事よ。」


ココアを飲み干したローナの目が、じっと黙っているフレドに向いた。


「とは言え、それでもこんな早くに露見したのは特例も特例だけど。」

「え、どうしてですか?」

「いや、その点はちょっと考えりゃ分かるだろ。」


そう口を挟んだ俺は、ネミルの指に嵌められたままの指輪を指した。


「お前はルトガー爺ちゃんの指輪の力で、すぐ天恵を見る事が出来る。

だけど一般的な神託師は、値の張るネラン石と複雑な詠唱を用いる事で

やっと見る事が出来るんだぜ。なら0歳児にわざわざそんな無駄な事を

する訳がないだろ?同じ事が出来るのは、オレグストくらいだろう。」

「ああ…そう言えばそうか…」


やっぱりネミルは、そういう常識がかなり麻痺してしまっている。

今回の件を引き起こしたのも、元を辿ればそこに行き着くんだろうな。



確かに、何とも言えない偶然だ。


================================


何となく、沈黙が場に満ちた。

と、そんな中で。


「…ん?」


ふと、俺はフレドに目を向けた。

そういえば今日は、やけに静かだ。いつもはもっとむずかるのに…

いや、よく見ると明らかに「何かを我慢している」ような表情だ。

昨日まではこんな表情、ただの一度だって見た事がなかった。


ん?

ちょっと待てよ。

天恵宣告を受けたって事は…


「察してあげなよ。おむつかミルクか、とにかく何か我慢してるよ。」

「あっ!!」


俺とネミルは、同時に声を上げた。


そうだ。

何で気付かなかったんだ俺たちは。


天恵宣告を受けたという事は、彼は「15歳以上」であるはずだ。

そんな年齢の人間が、いきなり乳児になって適応できるはずがない。

と言うか、まともに声を出す事すら全く出来ないような状態なんだ。

泣いて訴えるといった、当たり前の行為すら憚られるんだろう。


俺たちは

もっとも肝心で切実で



そして深刻な今の状況を、まだ理解していなかった。

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