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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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狼狽はローナでさえも

「な、何だ!?」


もう少しで買い物袋を落とすところだった。

見慣れた店の窓が、前触れなく眩い光を放ったからだ。ほんの一瞬では

あったけれど、尋常でない事態だと察するには十分過ぎた。


見た事はある。ネミルが天恵宣告をする際、宣告する相手の体が発する

あの光だ。何度も目にしているから色もはっきり憶えている。

しかし、今見た発光は光量が桁違いだった。どう考えても異常である。

もしや、ネミルの身に何か…!?


ガシッ!!


駆け出そうとした俺の肩を、誰かの手が掴んだ。反射的に振り返ると、

そこには見た事もない険しい表情を浮かべたローナが立っていた。


「何があったの?」

「一瞬の光が見えただけで、俺にもさっぱりだよ。って言うか…」


今の今まで、彼女の気配はまったく感じていなかった。もしかすると…


「どっから来たんだ?」

「スィルペ王国の首都。」

「そんな遠い所から!?」


思わず声が裏返ってしまった。

スィルペ王国と言えば、タリーニと比べてもめちゃくちゃ遠い国だ。

もちろんローナなら一瞬でここまで戻って来れるだろうが、事の本質は

そこじゃない。

そんな遠い国にいてもなお、彼女は血相を変えて戻って来たんだ。

つまり、今のあの発光現象をそこで感知したという事になる。

滅多な事では動揺しないローナが、何を置いてもここまで戻って来た。


「ちょっとヤバいよ。」

「どうヤバいんだよ。」

「明らかにこの世界の理を超越した何かが起きたって事よ。それこそ、

【死に戻り】と同じレベルで。」

「……ッ!!」


もはや、呑気にそんな説明を聞いている場合じゃなかった。

何が起きたにせよ、店にはネミルがいるはずだ。



掴む手を振り切って、俺は店の中に駆け込んだ。


================================


「おいネミル!!」


予想に反して、店の中は特に破壊の痕なども見られなかった。

探すまでもなく、ネミルは奥の席の長椅子に突っ伏して倒れている。

駆け寄ろうとした俺は、テーブルの上に寝かされているフレドの存在に

遅ればせながら気付いた。


何だ?どうして今日この子がここにいるんだ。姉貴が連れてきたのか?

パッと見た限り、怪我をした様子もない。泣いてもいない。いやむしろ

何とも言えない表情になっている。…何だ、どういう状況なんだ?

とにかくネミルを抱え起こす。もうローナも店の中に入ってきていた。


「どういう状況?」

「分からない。…でも少なくとも、呼吸はしてるし体温もある。」


どうやら、ネミルはとりあえず気絶しているだけらしい。呼吸を確かめ

あらためて仰向けに寝かせておく。


「あれ、ちびっ子がいるの?今日は預からない日なんじゃ?」

「姉貴が急に連れてきたとか、多分そんな事だと思うけど…」


とにかく、ネミルに訊かないと何もはっきりしない。が、少なくとも

誰かが襲ってきたとかいう状況ではないらしかった。


「指輪は…やっぱり着けてるな。」


ネミルの左手を確認し、俺は状況の推測を試みる。


「誰かの天恵を見ようとしてたって事なのか。だけど、光った瞬間には

俺は店の外にいたんだ。だったら、ここに誰もいないのは変だと思」

「ちょっと待って。」



俺の独り言を遮ったローナの声は、いつにも増して切羽詰まっていた。


================================


「どうした?」

「この子…」


ローナは、テーブルの上のフレドの顔を凝視していた。


「フレドがどうしたんだよ。」

「まさか…」

「まさか何なんだよ。」


向き直る俺は、思わず声を荒げた。


「言ってくれよ何だ!?」

「…………………………」


沈黙が耐え難い。

恵神ローナともあろう存在が、何にそこまで動揺してるんだよ。

フレドがどうだって言うんだよ!


あまりに重い、数秒の沈黙ののち。


「…………………う………………………。」


小さなうめき声を上げて、ネミルが大儀そうに身を起こした。

ハッと振り返った俺は、出来るだけ平静を装って声をかける。


「ようネミル。…ただいま。」

「え?…あ、うん…おかえ…」


途中で言葉を途切れさせたネミルの目が、フレドとローナを捉えた。

身を竦ませるその様に、何とも言い難い不安が湧き上がる。


「ネミル。」

「…う、うん?」


態度で、そして口調で判る。

判るからこそ、訊き方を変える。

ここは「何があった?」じゃない。



「お前、いま何をしたんだ?」


================================


「うっ」


絶句する様子を見て、確信を得た。間違いなくネミルは何かをやった。

フレドがここにいるのは別として、さっきの現象を引き起こしたのは

おそらくネミルなんだろう。


確信を持ったからこそ、俺は口調を荒げずにもう一度問い掛ける。


「抱え込まずに正直に言ってくれ。何をしたかを。」

「…………その……………………」

「大体察しはついてるよ。」


平坦な口調で放たれたその言葉に、ネミルはビクッと反応した。


「だけど、あたしには確信がない。だから言ってよネミル。」

「…………………………」

「大丈夫。怒ったりしないから。」

「本当に?」

「信じろよ。」


俺のひと言に、ネミルは腹を括ったらしい。視線をフレドに向けると、

ポツリと呟く。


「…前に見えた光を、確かめようとしたんです。」

「光?」

「もしかして、この子に天恵の光を見たの?」

「そう。」


頷いたネミルが、指輪をかざした。


「確信なんかは全然なかったけど、フレドちゃんの天恵が見えるのなら

見てみようと思ったんです。正直、動機は好奇心だけでした。」

「それで、見えたのか。」

「うん。」

「1歳にもなってないのにか?」

「あたしも信じられなかった。」


マジかよ。

どうなってるんだよ。

いや、それより…


「何だったんだよ、その天恵は。」

「…………………………」


数秒の沈黙があった。

今回は俺もローナもじっと待った。

そして。


「……フレド・カーラル。この子の天恵は…」

「天恵は?」


「【異世界転生者】だった。」

「え?」

「やっぱりか…!」


理解できなかった俺とは対照的に、ローナはそう言って天井を仰いだ。

意味が分かった上で、それほどまで狼狽する代物だという事なのか。


異世界転生?

それってつまり…


「あぁ…」


俺の困惑など一顧だにせず、ローナはそのままの態勢で呟く。

そのひと言には、耐えがたいほどの重い実感が込められていた。



「えらいこっちゃ。」

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎度ご無沙汰しています。 と言っても、毎回ほぼリアルタイムで読んでおります! 前作が終了した直後に生まれたうちの子も早いもので来月で1歳です。 まだ喋れず、「うー」ばかり言ってるあたり、フ…
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