ネミルの衝動
ディナさんのイメージが変わった。
今まで、何となく子供じみた人だ…と思っていたのを反省した。
ジャーナリスト魂と言うか、大人の気骨をちゃんと持ってる人だった。
だったらもう、あたしたちに出来る範囲の援助は惜しまない。思う存分
いい仕事をしてもらいたい。
...と言うのは、半分タテマエだ。
じゃあ、もう半分の本音は?
決まってる。
フレドちゃんと過ごしたい!!
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自分でもちょっとビックリである。
元々あたしは、小さな子供と接する機会そのものが乏しかった。なので
子供好きかどうかという判断自体、ほとんど出来なかったと言える。
トランと一緒になってお店を開き、色々なお客さんたちと接してきた。
もちろん、その中には小さな子供や赤ちゃんもいた。若いお母さんとの
話の中で、子育てのあれこれを聴く機会も少なからずあったと思う。
だけど、やっぱりそういうのと今の状況とは根本的に違う。
残念ながらあたしとの直接の血縁はないけど、フレドちゃんはあたしの
甥っ子だ。それも間違いない事実。親近感が湧かないはずがない。
それに何というか、身内贔屓抜きで見ても可愛いんだよこの子。
「食べちゃいたい」っていう表現の本質が、初めて分かった気がする。
いや、アブナイ意味じゃなくてね。
とにかく週三日、彼をお店で預かる事が決定となった。場合によっては
四日になる。ディナさんと旦那さんはさすがに恐縮してるけど、むしろ
大歓迎である。トランやポーニーがどう捉えようと、あたしにとっては
この上ない好機だ。
そう。
いずれ自分もと考えれば、この上もない予行演習にもなるんです。
トランが同じ事を考えているかは、あえて訊かない。訊く意味がない。
あたしだけの感覚だとしても一向にかまわない。だから真面目に臨む。
明日からか。待ち遠しいなあ。
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そんなわけで、「神託託児カフェ」としての日々が始まった。
最初のうちはさすがに不手際とかもあった。泣き声で嫌な顔されたり、
接客に遅れが出たりとかね。でも、事情を話して何とか乗り切った。
もちろん、そんな方法に甘えるのはプロとして失格だ。だから、問題は
早めに改善を模索した。ポーニーもしばらくはお店に専念すると約束を
してくれたし、忙しい時はローナも手伝ってくれる。…アシスタントが
どっちも人外という状況はなかなかシュールだけど、結果が全てだよ。
「楽しそうだなネミル。」
「楽しいよ。」
呆れ笑いのトランにそう答え、すぐ言い返す。
「お互いさまでしょ?」
「まあな。」
そうそう、もうバレてるんだって。トランも大いに楽しんでる事は。
渋々の態を取り繕っていたけれど、トランだってフレドちゃんの事を
大いに可愛がってるのは一目瞭然。人間、やっぱり正直なのが一番だ。
「いつもありがとね。」
仕事上がりに迎えに来るディナさんは、すっかり出産以前の雰囲気を
取り戻していた。さすがに早いとは思うけど、別に悪い事じゃない。
あたしたちは、間違っても押し付けられたって訳じゃないからね。
うん。
何なら、毎日でもいいんですよー?
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そうこうしている内に、早や一か月が過ぎようとしていた。
試行錯誤は多かったけれど、もはやフレドちゃんありきのお店の経営が
すっかり馴染んでいる。ここまでになると、おそらく彼がいない方が
ペースが狂ってしまうだろうなあ。…ま、今日は預からない日だけど。
そんな感じで余裕が出てきたので、今日は久々にポーニーにお休みを
取ってもらった。ここしばらく店の手伝いばかりだったから、さすがに
ちょっと悪いと思ってたんだよね。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。」
こんな時、変に遠慮とかしないのがポーニーのいいところである。
ずっと一緒だからこそ、もう自分が付きっきりじゃなくても大丈夫だと
分かってるんだろうね。
ローナも、今日は夕方まで来ない。久し振りにトランと二人でお店を
回す事になった。うん、久し振り。逆にちょっと新鮮かも…
「せっかくだし、ちょっと買い物に行ってくる。すぐ戻るから。」
「うん、いってらっしゃい。」
トランを見送ったあたしは、大きく伸びをした。一人なんていつ以来?
慌ただしい毎日の中に、こんな時間があってもいいなと思ったり…
チリリン!
「あ、いらっしゃ…」
「ごめんネミルちゃん!!」
あたふたと駆け込んできた人物は、他でもないディナさんだった。
「急な呼び出しなの!!いきなりで悪いけど、今日お願い!!」
「了解です。」
「ありがとぉ!!」
ディナさんが抱っこしていたフレドちゃんを、そのまま受け取る。
慌てるそぶりも見せないあたしに、ディナさんは感謝しきりだった。
「早めに上がるからね!」
「いえいえ、ごゆっくり。」
「ホントにありがと!」
慌ただしく言い残し、ディナさんはせかせかと去っていった。
何となく予感があったのだろうか。我ながら落ち着いていたなと思う。
…とは言え、どこかで埋め合わせはしてもらわないとね。
「アー。」
「はぁいフレドちゃんこんにちは。お元気?」
「アァー!」
うん、ご機嫌だね。
トランが帰ったらビックリするか、あるいはディナさんへの文句とかを
口にするか。…どっちでもいいか。そんなに嫌がりはしないだろう。
しかし…
「二人っきりって初めてだねー。」
「アー?」
思えば出産の日からこっち、この子と会う時はいつも誰か一緒だった。
普通に考えれば、これから先もまず訪れないであろう希少な機会だね。
せっかくだから何か…
そこで、不意に思い出した。
出産の日、あたしはうっかり指輪を着けたまま病院に行った。そして、
そのままこの子を見たんだった。
あの時、確かにほんの少し「光」が見えていた。いわゆる天恵の光が。
見間違いだったのかなと思ったし、その後は気にもしていなかった。
だけど今、思い出した途端に無性に気になってきたのである。
いいよね、別に。
たぶん見間違いだったんだろうし。
それを確認するだけだ。
うん。
いいよね?フレドちゃん。