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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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世界と俺たちの日常と

イグリセ王国の最北端に位置する、白夜の街コーロン。

その賑やかな街の片隅で蠢いていた「何か」に、人々は戦慄した。


人である事は、いや「人であった」事だけは確実だった。おそらくは、

中年の男性だという事も。しかし、何者なのかは判別できなかった。

彼の肉体は足りていなかった。ほぼ半分しかない状態だった。

と言っても、刃物で両断されていたわけではない。傷は何もなかった。

そして何より、肉体の半分を失った状態でその男は生きていた。いや、

死んでいなかった…と形容する方が正しいかも知れない。


頭蓋も眼球も舌も指も、何もかもが半分無くなっている。片方がでは

なく、全てが揃っている上で半分になっているのである。おそらくは、

脳も半分だけ頭の中に残っているのだろう。切り取られたのではなく、

人智を超えた力で抜き取られたかのような、おぞましい肉体。


どうして、半分で生きているのか。まともな意識は残っているのか。

こんな姿になって生きているのは、地獄の苦しさではないのか。

そもそも、まともな人間が持ち得る思考力や感覚は残っているのか。

戦慄した人々は、彼の身元を調べる事なく安楽死させる選択をした。

しかし、それは成されなかった。


何をしようと、その肉塊は「死」に至らなかったのである。

心臓を貫こうとも火で焙ろうとも、ぐずぐずといつまでも蠢いている。

まるで死の概念すらも抜き取られてしまったかのように、生き続ける。


どうしようもないまま、街の人々はそれを地下室に押し込めた。

まるで最初から無かったかの如く。


そして


「半身塊」と呼ばれるこの奇っ怪な存在は、この頃を境に世界の各地で

見つかるようになっていった。



まるで何かを啓示するかのように。


================================


チリリン。


「おーっす。」

「いらっしゃい。」

「その入り方はどうなんだよ。」

「ダメ?」

「ダメというか何というか…」


俺は、後の言葉に詰まった。


親しい挨拶だというのは分かるが、あまりにも気が抜け過ぎている。

仮にも恵神ローナだ。この世界では唯一とも言える神が、そんな感じで

本当にいいのだろうか。何というか本当に、価値観が危うくなる。

しかし、そんな些細な事をいちいち指摘するのも神経質過ぎるだろう。


結局、いつも結論は同じだ。



慣れてしまうのが一番。


================================


「カフェオレちょうだい。」

「珍しいですね。」

「うん、まあちょっとね。」


ネミルの言葉に曖昧に頷き、ローナは珍しくカウンター席に座った。

何かあったのだろうか…と言うか、「何か」はもう既に起こっている。

しかも、世界単位で。


「やっぱマルコシム聖教の件か?」

「分かる?」

「あなたがそこまで気にかける事と言えば、そのくらいだろ。」

「だよねえ。」


苦笑を浮かべながら、ローナは俺が淹れたカフェオレをゆっくり啜る。


「あっちこっちを見て回ったけど、思った以上に徹底してるね本当に。

もうどこの国の教会も、ロナモロスの思想に切り替わっちゃってる。」

「ここまで急激だと、さすがに少し怖いものがありますよねえ。」


休憩の紅茶を啜りつつ、ポーニーも実感を込めてそんな事を言った。


そう。

ある日を境にして、現代最大の宗教であるマルコシム聖教が変わった。

クーデターでも起きたのかと勘繰りたくなる程の唐突さで、自分たちが

ロナモロス教に帰依する事を決めて実行し始めたのである。


もちろん、それが直ちに悪い状況に繋がるというわけではないだろう。

衰退したロナモロス教が復興するという事は、天恵の宣告を受ける者も

劇的に増えるかも知れない。ならば大きなビジネスチャンスが…


いや違う、そうじゃないんだって。

確かに神託師の仕事が増えるのは、俺たちにとっては僥倖だろう。別に

その事実を否定する気はない。まあそれで儲かるなら御の字だ。


気になるのは、どうしてそんな事になったのかという「原因」の方だ。

率直な話、衰退したロナモロス教はマルコシム聖教と並び立てるような

存在ではなかったはずだ。それが、何ゆえここまで成り上がったのか。

今までのあれこれを考えると、何か大掛かりな仕掛けがあったとも…


「それで、あなたとしては何かしら思うところもあるんですか?」

「いや、特にはないよ。」


中途半端な考察は、ネミルとローナの会話で遮られた。


「何度も言ってるけれど、あたしは元の状態では人間を認識できない。

授けた天恵のうち、どれだけの数が覚醒に至ったのかもぼんやりとしか

分からない。まあ、200年前から数が減ってるのは知ってたけどね。

だからって、あたし自身にはそれはほとんど関係ないし。」

「今さら、自分を讃える信者の数が多少増えても関係ないって事か。」

「そう。」


カフェオレを飲み干したローナは、小さな笑みを浮かべ肩をすくめる。


「人に天恵を授けるという意味でのあたしは、間違いなく神様でしょ。

だけどあたし自身は好きでやってるわけでもないし、思い入れもない。

ただそういう役目を持ってるというだけの話よ。」

「んじゃあ、あちこちの情勢を見て回ってるのは…」

「この姿になってる今だからこそ、興味が湧いてるって事。不自由は

確かに多いけど、色んなものを直に見聞きできるのはいいもんよ。」

「なるほど。」


言葉だけで完全に理解できるような話ではないけど、言わんとする事は

何となく分かる。おそらくローナにすれば、自分は宗教の本尊だという

実感は最初から全く無いのだろう。どこかしら他人事めいているのも、

多分そのせいだ。もちろん、そこに彼女を責める道理などは何もない。

ローナが恵神の立場として許さないのは、嘘の天恵を宣告する事だけ。

それ以外に関しては、誰がどんな事を考えても基本的に我関せずだ。


もしかしたら、オレグストあたりが関与しているのかも知れない。

天恵を使った目論見があったとか、そんな可能性も十分に考えられる。


確かに二つの宗教の劇的な変革は、興味の尽きない出来事だ。一方で、

それが直ちに世界を悪くする原因になるかどうかは分からない。なら、

俺たちがあれこれ気を揉むのも何か違う気がする。


半年前のあの頃から、俺たちも割とローナに染まって来てるって事だ。

とりあえず今は、目の前に横たわる身近な事柄に目を向ける。

そんな事を考えていた刹那。


ジリリリリン!


唐突に電話が鳴った。

何となく、ネミルとポーニーの顔に予感めいた表情が浮かぶ。多分、

俺も似たような表情なんだろうな。


「オラクレールです。」

『あっ、トラン?』


予想通り、電話の相手は母だった。


『お姉ちゃん、ついさっき破水して入院したって。』

「分かった。仕事が終わったら一度顔を見せに行くよ。」

『私の勘だけど、そんなに言うほど時間はかからないかもね。』

「分かった。」


電話を切った俺は、ネミル達に向き直って告げる。


「姉貴が産気づいたってよ。」

「おおっ!」

「いよいよですか。」

「15年後が楽しみだね。」


いよいよ俺も叔父さんになるのか。

別に覚悟も何もないけど、さすがにちょっと感慨深いな。



頑張ってくれよ、ディナ。

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