不条理な結末
現実感がないな。
己の目の前で巻き起こった戦いに、欠片もリアリティを感じられない。
何というか、冒険小説の挿絵とかを見ているような感覚だった。
魔鎧屍兵や魔獣を転移させたのは、別の場所にいるカイ・メズメだ。
信徒志願者から俺が天恵を見出し、覚醒ののちにランドレの【洗脳】で
忠実な戦力にした男。そもそも彼が来なければ、ここまでの実力行使は
計画できなかっただろう。天恵名は【共転送】。カイ自身が認識した、
特定の相手の許に、何かを転送する力だ。人でも物でも制限はない。
俺を認識の対象とする事で、ここに直接戦力を送り込む事が出来た。
何を送るかを俺自身も認識しておく手間はあるが、送れる量は無制限。
回収が出来ないというデメリットは確かにあるものの、使い方次第では
途方もない可能性を引き出せる。
この天恵を得たからこそ、俺たちは最短距離の侵攻を選択できた。
国境も検問も、距離的な労力も全て帳消しにして。
教皇ポロス四世のいるこの場所に、野蛮な力を持ち込めたのである。
================================
終わったな。
もちろん全滅させたわけじゃない。そこまですれば、俺たちは完全に
世界の敵になってしまうだろう。
ここで言う決着は、もっと相応しい形で迎えるべきだ。
雑な方法ではあったが、これほどの混乱の中ならどうにでもなる。
成せる者の力さえあれば。
「第三陣、送れ。」
『了解です。』
キュイン!
あまりにも暴力的だった先の二回と違い、第三陣到着は控え目だった。
むしろ何であるか悟らせないため、魔鎧屍兵を壁にして隠した。
やって来たのは、二人の女だ。
【共転移】のモリエナ・パルミーゼと、【洗脳】のランドレ・バスロ。
さあて。
最後の小細工といくか。
================================
手品やトリックの大前提は、いかに観客の注意を逸らすかって点だ。
気を引く何かを掲示する事により、本命から皆の視線を外させる。
どちらも動きを止めさせたものの、魔鎧屍兵と魔獣の存在は圧倒的だ。
平和なこの時代において、これほど異様な光景はほぼあり得ない。
それに加えて、傷付いた衛兵たちに教主ミクエが施す【治癒】の力。
ここまでの細かい経緯など知らない者にとっては、神の御業のようにも
見えるだろう。要するに、誰からも注目を浴びる光景って事だ。
誰も教皇を見ていない。ほんの数分のこのタイミングで、ランドレを
召喚する。…正直、ここまで上手く行くとは思っていなかったが。
「何を…」
何も言わせなかった。
ここに至るまで、散々研鑽を積んできていたランドレの天恵は速い。
ポロス四世は、誰の目にも止まらぬ内に【洗脳】の術に墜ちた。
================================
戦いの終わり方は、それまで以上に不条理極まりなかった。
まるで申し合わせたように、次々と自壊していく魔獣たち。
眠りに就くかのように、ゆっくりと動きを止める魔鎧屍兵。
そして、跳ね回っていた黒装束女もネイル・コールデンも姿を消した。
残ったのは俺と教主のミクエのみ。
激しかった戦いの痕は残るものの、教皇にも護衛兵たちにも傷はない。
理解を超える状況の中、衛兵たちはただひたすら混乱の中にいた。
そしてその誰もが、納得できる言葉を渇望していた。
しばしの沈黙ののち。
「皆、聞いて欲しい。」
響き渡ったのは、教皇ポロス四世の低い声だった。
「我らは今日、ここで大いなる奇跡を目にした。」
両手を広げた教皇は、教主ミクエに視線を剥けて朗々と言い放つ。
「これは天啓である。これより我らが帰依すべきはロナモロスの教え。
世界は再び、偉大なる恵神ローナのもとに還るべきなのだと!」
無茶苦茶だ。
あまりに雑で、あまりに野蛮過ぎる実力行使。
しかしそこには、いくつかの天恵による仕掛けが施されている。
ただの力押しでは決して成し得ないまやかしの奇跡が、存在している。
そうだ。
宗教なんてのは、曖昧な部分が必ず混じっているもんだろう。
緻密に練り上げるよりも、かえってこのくらいの方が余韻を残す。
ハッキリ見えないものの方が、後世に想像の余地を与えるってもんだ。
「皆さん、ローナのもとに!!」
同じく両手を広げたミクエが、そう高らかに告げた瞬間。
傷を負っていた衛兵たちが、何かに憑かれたかのような歓声を上げる。
それは一瞬で伝播し、異様な熱気を帯びて大聖堂の中を駆け巡る。
壮観だねえ。
こんな茶番劇でも、ほんの少しだけ演出を加えればこの通りだ。
教皇の言葉と教主の奇跡の御業とが重なれば、人はそこに神を見る。
天恵というものに対する認識が浅いからこそ、そこに過度の神秘性を
勝手に見出してくれる。
笑いそうになるのを何とか堪えた。
教皇ポロス四世は、俺たちの傀儡と化している。そして彼の傍らに立つ
ロナモロス教主ミクエ・コールデンも、既に別人に入れ替わっている。
正体は、【変身】の天恵の持ち主であるミズレリ・テートだ。
少し前までは神託師の役を担当していたが、そっちはほぼ一段落した。
なのでその能力を応用し、ここでのミクエの影役を演じる事になった。
一歩間違えば殺される役どころだ。
だがミズレリは、むしろ嬉々としてその危険な大役を引き受けた。
己の命を懸けて悪戯をするような、彼女の神経は俺には理解し難い。
やっぱりこいつも壊れている。もうそんな事実に、感慨すら湧かない。
何が俺たちを動かすのだろうか。
今さら深く考えるまでもない。その答えはとっくに分かっている。
そう、天恵だ。
己の得た天恵で、何が出来るのか。ネイルはそれを追い求めている。
馬鹿げているとしか思えない野望を抱き、それを天恵を結集させる事で
現実にしようとしている。もはや、そこには狂気じみた妄執がある。
何が彼女をそこまで衝き動かすのかなど、俺に分かるはずもない。
馬鹿げているのは百も承知だ。
しかしそんな俺たちは今日、確かにマルコシム聖教を手中に収めた。
何て事もない天恵の力を結集させ、馬鹿げた結果を出してみせたのだ。
世界征服?
バカ言うな。
誰がそんな大それた夢を持つかよ。
ネイルが抱く野望は、もっともっと現実的だ。だからこそ行動する。
求めるものが見えているからこそ、どこまでも突き進んでいく。
まずマルコシム聖教を手に入れた。じゃあ次はどうする?
「そうねぇ…」
頬杖を突きながら考えるネイルの姿が、ありありと想像できる。
まるで玩具を選ぶ時の幼子の如き、無邪気な野望と邪気。
どこまで行くんだろうな、この女。
せっかくだから、とことん見届けてみるとしようかな。