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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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聖教蹂躙の日

ドオォォォン!!


建物を揺るがす轟音と共に、悲鳴が交錯する。しかもその発生源は、

どう考えても謁見の間の方向だ。


まさか、そんな事が。

顔色を失いつつも、衛兵たちは己の認識の甘さを今さら痛感していた。

まさかという言葉で許されるほど、想定できなくはなかったのである。


いきなりの来訪者は、ロナモロス教のトップに君臨する者たちだった。

それまで交流などなかったものの、侮っていたのは全員の認識だろう。

200年前のデイ・オブ・ローナを境に、衰退の一途を辿った宗教。

どうして現在も存続しているのか、まともに考えてさえいなかった。


そう。

自分たちは、ロナモロス教なる存在をまともに見ていなかったのだ。

それはすなわち、恵神ローナという存在から目を背けていたという事。

教義に則って目を背けたとしても、天恵は確実に授けられているのに。

目を向けない事こそが美徳であるという考えを、疑う事もしなかった。


ロナモロス教は、「天恵の宣告こそ本懐である」と定める古い宗教だ。

かつての腐敗と衰退によって、その本懐すらも世界から忘れられた。

天恵宣告を受ける行為を「ダサい」と考える風潮は、マルコシム聖教が

勃興する前から世界にあったのだ。今にして思えば幼稚極まる思想が。


天恵は、今もなお世界に存在する。

それを知る者にとって、大きな力となり得る。



当たり前の事から、目を背け続けた結果がこれだ。


================================


ダァン!!


護衛隊でもっとも大柄な男が、壁に叩き付けられて盛大に血を吐いた。

石のように硬化させていた皮膚も、その衝撃には耐え切れなかった。

それほどまでに、現れた巨大な影―魔鎧屍兵の膂力は圧倒的だった。


三人の護衛が教皇を囲い込んでいるものの、既に三人とも手負いだ。

謁見の間に現れた鋼鉄の蹂躙者は、誰の天恵攻撃も受け付けなかった。

炎の玉も高圧の水流も真空の刃も、厚い装甲の前に呆気なく弾かれた。

命を持たぬその動きの前では、心を封じる術さえ意味を成さなかった。


護衛の者たちは、既に半数が地面に叩き伏せられている。残りの半数も

ほとんど恐慌を来たしていた。その姿を前にして、ネイルたち三人には

勝ち誇った様子も特に見られない。ただ淡々と状況を見ているだけだ。


そんな最中、ようやく背後のドアが破られた。

と同時に、重装備を誇る兵士たちが一斉になだれ込んでくる。どうやら

近隣から衛兵が集められたらしい。装備も何もかもバラバラな数十人が

暴動のように殺到した。もはやその様子に、秩序など何もない。


チラリとそれを一瞥したオレグストが、再び腕輪に囁いた。


「第二陣、送れ。「群れ」だ。」

『承知しました。』


ギュイン!!


再び空間が歪曲し、今度はそこから無数の黒い影が跳び出してくる。

先程の魔鎧屍兵とは明らかに違う、俊敏な動きを誇る「群れ」だ。


「な、何だッ!?」


声を上げた衛兵に飛び掛かってきたのは、狼を思わせる魔獣だった。

紫色の瞳を光らせ、鈍重な鎧を身にまとう衛兵をその勢いで押し倒す。


「グオォォォォォォツ!」


吠え声が幾重にも重なり、謁見の間は更に収拾がつかなくなっていた。

群れ成して襲い来た魔獣が、後詰めの衛兵たちに我先にと襲い掛かる。

悲鳴が交錯し、場はこの世の地獄の様相を呈し始めていた。


しかし、現れた魔獣は見た目よりも戦力としては非力だった。最初こそ

恐慌を来たしたものの、衛兵たちは体勢を立て直して応戦する。戦局は

膠着状態に陥りつつあった。


と、その刹那。


ギィン!!


「グアッ!?」


大きな猫のような魔獣を組み伏せていた衛兵が、腕の鎧の小さな隙間を

鋭い何かで貫かれて悲鳴を上げる。突き刺した影は跳躍し、少し離れた

地点にいた衛兵の腕の付け根部分をシャッと切り裂いた。


「うぐッ!!」


あまりにも的確な急所への攻撃に、衛兵たちは次々と悲鳴を上げる。

魔獣と同じ動きで跳び回るその黒い影は、明らかに魔獣ではなかった。

魔獣の力をその身に宿す、黒装束の人間だった。


「キャハ!楽しイィ!!」


ギョロリと目を動かし、その黒装束の女は甲高い声を張り上げた。

なおも止まらぬ勢いのまま、まるでつまみ食いをするように目についた

衛兵たちに爪を突き立てていく。

魔獣を抑え込むだけで精一杯の衛兵に、その攻撃をかわす余裕はない。

何人もの悲鳴が重なって響き渡り、さらに収拾がつかなくなってきた。

見開かれた教皇の両目に、今まさに飛び掛からんとする魔獣が映る。

混沌を極めるその戦場に、彼の窮地を把握できた者は誰もいなかった。

出来たとしても、今のこんな状況で対処できる者などいないだろう。


数秒後に待つのは、彼の惨死のみ。

誰もがそう確信してしまった


刹那。


ドカッ!!


迫り来た魔獣を叩き落したのは

いつの間にか彼の傍らに来ていた、ひときわ大きな魔鎧屍兵だった。

その一撃を合図にしたかのように、全ての戦いの音が唐突にやむ。


「大丈夫ですか?」

「え…」


目の前の状況に理解が追いつかない教皇に、ネイルが声をかけた。

自分を心配する、気遣わしげなその声を。


何だと?

この状況で何故それを問う。

そもそもお前たちが…


そこまで考えた教皇は、次の瞬間。

それまでのいつよりも大きく両目を見開き、ネイルを凝視した。

そこにほんの一瞬、確かに見た。


紛れもない、勝利者の笑みを。


「ひどいお怪我です。動かないで」


ハッと目を向ければ、教主ミクエが護衛兵たちに何か術を施している。

彼らの負っていた深手が、みるみる治癒していく様が目に映る。


これが意味する事は何か。


謁見の間での大乱闘。

そこにやって来た多くの衛兵たち。

彼らの目に、今の状況はどのように映るのだろうか。


最初から、これが狙いだったのか。

教皇ポロス四世は、マルコシム聖教が塗り潰される未来を垣間見た。



ネイルの笑みの向こう側に、確かに見ていた。

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