危険な謁見
「ようこそ…と言うべきですか。」
何とも歯切れの悪い挨拶だった。
まあ無理もないか。あまりにも唐突な来訪。しかも訪ねてきた相手が、
この二人と来ればな。何を言おうと勘繰られるのは、お互いに当然だ。
マルコシム聖教の教皇とロナモロス教の教主。しかも副教主も同席。
知られている限りで言うなら、まず間違いなく史上初の珍事だろう。
目の前に座るのは、マルコシム聖教の現教皇・ポロス四世だ。
以前、新聞の写真で見た事がある。さすがにこの場に身代わりが来る…
というのは考えにくい。もしも彼がニセモノだったとすれば、その時は
また別の選択肢が生まれるだけだ。…俺個人としては、是非とも本物で
あって欲しいところだが。
とりあえず、今は俺の出番はない。
ペテン師とも呼ばれていた俺がこの場にいる事自体、不条理の極みだ。
余計な事はしないに限る。
「寛大なるお心で謁見の機を頂き、誠にありがとうございます。」
教主のミクエが、そう言って深々と頭を下げた。それを見た教皇は、
さすがに慌てて手を振る。
「いえいえ、お顔を上げて下さい。少なくとも私は、あなた方に頭を
下げてもらう立場ではありません。どうぞお気遣いなく!」
「恐れ入ります。」
何だろう。やり取りを聞いているとちょっと笑えてくる。もちろん、
こんな場所で不敬な笑いなど決して見せてはいけない。いくら現教主の
付き人だと言っても、俺の立場など一発で危うくなるだろう。
と言うか、教皇の背後に控えている護衛の連中がどれもこれもヤバい。
今の時代によくこんなの揃えたなと言いたくなるくらい、戦闘系能力に
特化した天恵の持ち主ばっかりだ。宣告を受けてるのかどうかは俺には
判別できないが、これで未宣告って事は絶対にないだろう。
二重の意味で笑いを堪えるのに苦労させられる。
ロナモロス教が衰退した後に世界を席巻したマルコシム聖教は、天恵の
宣告を受けない生き方こそが正しい道だと示しているのに。
実情はこんなものか。建前と本音があまりにも露骨で、見える者として
どうにも滑稽に思えてしまう。
おそらく、俺の天恵はバレている。バレているからこそこうして同席を
許されているんだろう。要するに、与しやすいと思われてるって事だ。
もちろん否定はしない。もしここにいるのが俺でなくゲイズだったら、
絶対に警戒されただろうからな。
他人の天恵を見る天恵。そんなもの怖れるに足らず。そう思いたければ
勝手に思っていればいい。むしろ、そう思われてる方がいい。
さあてと。
どう転ぶかな。
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「…何ですと?」
教皇は、動揺が顔に出やすい。
世界最大の宗教のトップが、それでいいのかとも思う。余計なお世話と
言われてしまえばそれまでだが。
とは言え、そんな判りやすい動揺を見せてしまうのも無理はない。
ネイル・コールデンが告げた来訪の目的は、あまりに突飛だったから。
「ご冗談を。」
「わざわざこんな冗談言うために、ここへ来たとお思いですか?」
「…………………………」
黙り込んだ教皇の背後で、護衛たちが殺気立つのを肌で感じた。が、
俺は何も言わずこの場所に留まる。不思議と恐怖は全く感じなかった。
…俺も大概に麻痺してきてるなあ。
殺気立つのは当然だ。
ネイルが提案しているのは、事実上ロナモロス教をマルコシム聖教の
上部組織にしたいというぶっ飛んだ内容である。どれほどマイルドな
言い方をしようと、正気の沙汰とは思えないのは明白だ。
本来、マルコシム聖教は多神教だ。恵神ローナの存在もその一部として
定義しており、もちろん天恵の存在そのものも特に否定はしていない。
もっと大きな教義をその基盤にしたからこそ、ロナモロス教を捨てた
民衆にも受け入れられたのである。そのあたりの歴史は、割と単純だ。
要するに互いの立場を入れ替えたいと、ネイルは言っているのである。
こんな所まで来て堂々とそれを口にできるあたり、やっぱりこの女も
かなりぶっ飛んでいる。もはや俺も彼女の性格は受け入れている。
誰に言われなくても分かっている。
今のこの沈黙がどれほど続こうと、謁見の結果など目に見えている。
ミクエが、どれほど今の状況を理解しているのかはさっぱりだ。が、
もうそこに関してはどうでもいい。少なくともネイルは、その程度の
割り切りも切り捨ても迷わずする。
おそらくミクエ自身も、今の自分がお飾りだという事実は分かってる。
能天気なようでいて、彼女もかなり割り切っているはずだ。でなきゃ、
そもそもここへは来ない。ネイルが何をしようと受け入れるだろう。
だったら、俺も覚悟を決める。
決裂してからが、俺の出番だ。




