俺の立ち位置
ちょっと前まで、ケチな小遣い稼ぎばかりしていた。
別に犯罪ではなかったけど、それをペテンと呼ぶ輩もいたっけな。
言いたい奴には言わせておけ。俺は自分の天恵を活用してるだけだ。
世の中に裏切られて死んだ婆ちゃんが、最期に教えてくれた天恵をな。
他人の天恵を見る。
ただそれだけ。
俺の【鑑定眼】は、本当にそれ以外何もない能力だ。天恵の宣告自体が
廃れてしまったこの時代に、どんな意味を見出せと言うのだろうか。
せいぜい、神託師の劣化版みたいな事でもやるしかない。そう考えて、
物好き相手に商売をしてきた。
そんな俺の転機はいつだったのか。
やっぱり、オトノの街の祭りに参加した日なんだろうな。
あの日から、全てが変わった。
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タリーニの聖都グレニカンか。
俺にとっては、一生縁のない場所と思っていた。
「天恵を見る」という俺の能力から考えても、あまりに相性が悪い。
下手すりゃ異端者として捕縛され、処される可能性すらあっただろう。
俺としても、わざわざそんな危険な真似をする気は全くなかった。
それが今、白昼堂々と街の真ん中を歩いている。
それも、ここでは異教とされているロナモロス教のツートップと共に。
いやはや、人生ってのは本当にどう転ぶか分かったもんじゃねえな。
だが、俺自身がそんな今を楽しんでいるのもまた事実だ。
あれからずいぶん、ヤバい事に首を突っ込み続けている。
いかに言い繕おうとも、露見すれば逮捕も処罰も免れないって域まで。
だけど不思議なもんだ。
そこまでヤバい事をしながら、後悔の念ってやつが全く湧いてこない。
その時はその時だと、開き直ってる己がいる。まあこれは実のところ、
俺自身が他人を傷つけたり殺したりしてないから、ってのも大きいな。
さすがにそんなのは、ゲイズくらいぶっ壊れた人間でないとキツイよ。
何と言われようと、俺はそっち側に行く気はない。勝手を通すまでだ。
その代わり、ロナモロスへの貢献はかなりのもんだと自負している。
俺がいなけりゃ、ネイルもエフトポもここまでの事は出来なかった。
自分たちの抱く野心に他人の天恵を引き込もうと思うのなら、俺の力は
絶対に必要だったって話だ。
ああ。
今だってそうだ。
俺たちがこれからやろうとしているのは、ある意味世界への宣戦布告に
等しい行為だ。そう考えれば、この聖都は敵の本拠地そのものだろう。
まともに戦う力を持っていない俺と教主と副教主。こんな組み合わせで
こんな場所を闊歩している事自体、狂気の沙汰としか思えない。
ま、狂ってると言われりゃ返す言葉もない。とっくに認めてるってな。
俺以上に堂々と歩くネイルなんか、もはや狂気以上の何かの権化だよ。
教主様に関しては、さすがに無礼な想像をすべきじゃないだろうな。
俺は、二人の護衛でも何でもない。そんなものが務まるわけがない。
これからやろうとしている事を思い起こせば、あまりにも場違いだ。
そこで、ふと可笑しくなった。
今ここにいる俺の価値って、実際はどのくらいなんだろうと思ってな。
ネイルと教主様は、自分たちにしか出来ない事をするために来ている。
能力ではなく、身分的な意味でこの二人でないと絶対に出来ない事だ。
しかし俺は違う。はっきり言って、俺でなくても務まる役どころだ。
俺がここにいる理由は、それなりに挙げられる。
今となっては、教団の幹部の中でもそれなりに主要な地位にいる事。
【鑑定眼】って天恵は、いつどこで必要になるか分からないって事。
そして何より、俺自身が志願したというのが大きい。
こんな機会は二度とないと思って、わざわざ志願したのである。
さすがに止める声もあったけれど、ネイルは別にそれでいいと言った。
ぶっちゃけ、誰がやってもそれほど変わりがないから…ってのもある。
要望が通ったって事に、俺は後からちょっと苦笑いだった。
もし本当に重要な人物だったなら、最後まで許可されなかっただろう。
古参でも何でもない俺は、万が一の時は切り捨てていい存在って事だ。
こんな局面でのネイルの考え方は、さすがにもう理解している。
それで結構。
生まれた時から今に至るまで、俺の存在の重さなんてそんなもんだ。
いたずらにひねくれて、面白い場面を見逃すなんて野暮はしたくない。
もちろん、死ぬ気も微塵もない。
ネイル・コールデンの抱く野望は、底が見えない。
現実的なようでいて、この副教主は本気で世界の覇権を欲しがってる。
ガキっぽいのか、それとも桁外れに老獪なのか。とにかくこの女には、
俺なんかがどう頑張っても理解するに至らない深淵の野望がある。
だったらせめて見届けたい。可能な限り近くで、見世物を楽しみたい。
…何というか、俺もいつの間にやら壊れてきてるんだな。
まあいいさ。
「見えましたよオレグストさん。」
「ああ、そうみたいですねえ。」
「あれがそうですか…」
足を止めた俺たちは、広場の向こうに佇むドーム状の建物を見やる。
建築だの歴史だのに興味のない俺が見ても、その神聖さは理解できる。
ここが世界の中心だと言われれば、一も二もなく納得する。
やって来たぜ、大聖堂。
ヤバいのは、こっからだ。
楽しませてもらおうか、ネイルよ。