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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ランドレの選択

経験や鍛錬は、何にも勝る。

たとえ不本意でも、それは形のない実りとして己の体に残る。


ロナモロスに入団されられて以降、あたしは数え切れない人を相手に

【洗脳】の天恵を使ってきた。以前なら伯父さんと周囲の人たちだけが

対象だったのに対し、世代も性格もバラバラな人たちが対象になった。


当然、抗う人もいた。そこそこ危険な目にも遭ってきた。そんな中で、

あたしは研鑽を繰り返した。結果、発動の速さも精度も抜きん出た。

おそらく今のあたしなら、伯母さんにも余裕で勝つ事が出来るだろう。


何の自慢にもならない技能だけど、それは確かなものとして残った。

相手を問わず、本当に素早い発動で術に墜とせるまでになった。



たとえば、今回のように。


================================


背筋に悪寒が走るのを感じた。

どうしてこの人がここにいるのか…という困惑は、ほんの一瞬だった。


この人がここにいる事自体は、別に構わない。どういう偶然なのかと

思うけど、そんな事もあるだろうと割り切ればそれまでだ。さすがに、

あたしが今ここで姿を見せると話がややこしくなるだろうけど。


しかし彼の放つ言葉は、あまりにも不穏で聞き流す事が出来なかった。

明らかにウルスケスをウルスケスと決め打ちしており、偽名を使ったと

確信している気配さえある。つまり彼は、彼女の「正体」を看破し得る

何かの力か情報を持っているという事になる。


だとすれば、迷う間などない。

そんな悠長な事を言ってたら、先に待つのは破滅だけだ。


音もなく歩み寄ったあたしは、彼が気配に気づき振り返るタイミングを

完璧に見切って天恵を発動した。



結果は、実に呆気なかった。


================================


「洗脳」の天恵に囚われた人間は、誰よりも素直に全てを話す。

だけどあたしは、あれこれと細かく訊く気にはなれなかった。そもそも

他人のプライバシーに踏み込む行為そのものが嫌いだった。だから、

必要な事だけを訊いた。もちろん、ウルスケスには聞かせなかった。


オラクレール店主のトランさんは、【魔王】の天恵の持ち主らしい。

あまりに皮肉に満ちたその名称に、不覚にもちょっと笑ってしまった。

悪魔だ何だ他人を形容していたら、まさかその王が現れるとは。


その力の内容は、驚くほどあたしの【洗脳】によく似ていた。

相手に悪意を持たれる必要がある、という点では少し不便だろうか。

しかし、それだけでは彼が今ここでウルスケスの存在に気付いた説明に

ならない。何かしら、悪意とは別の要因があったはずだ。


「…彼女の作った魔核と同じ魔力の気配を、強く感じたから。」


トランさんの説明で、そこそこ納得できた。つまりそれは、【魔王】が

本来持つ能力のひとつなんだろう。

ウルスケスの魔核は、魔力の塊だ。だとすれば【魔王】の名が示す通り

悪意とは別の意味で感知できる…という事なのではないか。だからこそ

面識のないウルスケスを、最初から決め打ちで看破できたのだろう。


納得と同時に、ぞっとした。

既にウルスケスは、こんな形で認識されるほど「魔」に染まっている。

あたしの主観だけでなく、【魔王】なる天恵が裏付けてしまっている。

少しずつ、人間でなくなっている。


でも、だからどうしろと言うのか。


あたしにできる事なんて、せいぜい人間としての延命しかない。

彼女自身が選んでしまった以上は、それを覆す事なんて出来ない。

おそらく、それはトランさんの天恵でも無理な話なんだろう。

あたしは、黙って考えた。



どうすればいいかを、考えた。


================================


【魔王】の天恵は、ネイルたちには非常に魅力的だろう。と同時に、

敵対する事になった時にはとことん危険視するだろう。もしかすると、

ゲイズか誰かに抹殺を命じるのかも知れない。可能性は大いにある。


その一方で、彼はあたしや伯父さんには特に何ももたらさないだろう。

正直、その能力は洗脳の劣化版だ。期待できる要素などはない。なら、

このままネイルたちに差し出す…という選択もあり得る……


…………………………

…………………………


いいや。


そんな選択は絶対にあり得ない。

それをすれば、あたしは戻る場所を永遠に失ってしまうだろう。


自分の意志で、他人を犠牲にする。それだけは絶対にしてはいけない。

それを選んだ瞬間、あたしは完全にロナモロス教団に染まってしまう。

勝手な理屈だと言われようと、その一線だけは絶対に超えたくない。


そうでしょ?伯父さん。


それに。


今にして思い返せば、伯母さんからあたしたち二人の命を救ったのは

きっとこの人だ。あの日この人は、天恵を使い伯母さんを出し抜いた。

全てを白状したのも、多分【魔王】の天恵による影響だったんだろう。

だとすれば…


もうすぐ、モリエナたちが来る。

それまでに選ばないといけない。


この人の命運は今この瞬間、確かにあたしの手の中にある。

あたしは


あたしは…


あたしは


不思議と、迷わなかった。


「…ここで見た事は、全て忘れて。自転車に乗って去って下さい。」


頼み込むかのように、あたしは彼に切々と命じた。


「新婚旅行を楽しんで。そうして、いつもの暮らしを続けて下さい。」


言いながら、涙を零す感触を両頬に覚えていた。


「……いつかあたしは、伯父さんと一緒にもう一度お店にお伺いします。

その時は、美味しい紅茶を。」


虚ろな顔で命令を聞くトランさんに対し、あたしはそう告げた。

それは命令ではなく、あたし自身の叶わぬ願いだったのかも知れない。

今この瞬間しか口に出来ない、もう絶対に届かない遠い願い。


それでも

あたしは、迷わずそれを選んだ。



悔いなど、何もなかった。


================================

================================


「何か変わった事ありましたか?」

「何にも。いつも通りよ。」


ほどなくしてやって来たモリエナに対し、いつも通りの言葉を返す。


「この地は平和だし、ウルスケスは壊れかけてる。いつも通り。」

「…そうですか。」


突っ込んで訊く事もなく、モリエナもいつも通り話を切り上げる。

それでいい。

トランさんは、いつも通りの毎日を生きていって下さい。


「では、お送りします。」

「ええ。」


今日は、伯父さんに会いに行く。

何を話そうかなあ。



ねえ、伯父さん?

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