誰にも言えない事
誰も信じない。いや信じたくない。
別に世の中に対して、それほど絶望したわけじゃない。いやそもそも、
絶望するほどあたしは世の中を深く知らない。
信じたくないのは、周りの人間だ。
あたしの周りは悪意で満ちている。
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あたしが言えた義理じゃないけど。
どうして皆、破滅を求めるかの如き生き方を選ぶのだろうか。
シャドルチェ伯母さんは、あたしと伯父さんを本気で殺そうとした。
あたしが継いだ遺産が欲しい。ただそれだけのために、あたしたちを
粉微塵に吹き飛ばそうとした。その結果、今は薄暗い独房の中にいる。
二度と会いたいとは思わない。いやそもそも、もう会う機会は来ない。
どうしてあんな事したんだろうか。
伯母さんは、お金に困っている風もなかった。どうしてもあたしから、
お金を奪う必要はなかったはずだ。あたしを憎んでいたとも思えない。
どうして?
エフトポ・マイヤールは、伯父さんに「病呪」の呪いをかけた。
あたしの天恵を怖れていればこそ、絶対の人質にするためなんだろう。
伯父さんの命は、今でもエフトポに握られている。あたしは従う以外に
選択肢がない。それは事実だ。
だけど、もう今ははっきり分かる。
病呪の呪いを受けて以降、伯父さんには寛解の気配すら見えない。
少しずつ、少しずつ悪くなっているのは明らかだ。もちろんあたしには
余命なんてまるで分からないけど、良くならないという確信はある。
どうしてそんな選択をしたのか。
あたしはそんなに、言う事をまるで聞かない人間に見えたのだろうか。
こんな事をしないといけないほど、危険な存在に思えたのだろうか。
確かに、あたしの持つ天恵「洗脳」はかなり強力だ。特に対人では。
相手がどんなに屈強であろうとも、術に墜とせば完全に無力化できる。
それを怖れる心情は、理解できないわけじゃない。
だけどそんな天恵にも、限界というものは存在している。当然の話だ。
いくら発動が速くても、大勢が相手ならいつか押し切られてしまう。
あたしという存在が一人しかいない以上、そこは克服しようがない。
何より、あたしはそんな大勢を相手にできるほど精神的に強くもない。
どうしてそんな取り返しのつかない方法で、あたしを脅迫したのか。
伯父さんが死んでしまえば、全てが台無しになるというのに。
答えそのものは分かってる。
伯父さんが死んだ時点で、あたしも始末するつもりなんだろう。
おそらく、あたしが牙を剥くという想定までもきっちりとしている。
何人かの犠牲を厭わなければ、このあたしを殺すくらいは造作もない。
そのくらい、あたしにも分かるよ。
分からないのは
どうして誰しも、そんな不毛な破滅を望むのだろうって事だ。
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当初の仕事であるロナモロスの信徒拡大は、もう一段落している。
「洗脳」を用いて教団に引き込んだ人数は、すでに三桁にまで達した。
もちろん、完全に精神を支配してる訳じゃない。ほんの少しだけ思考に
干渉し、重大な選択等の成り行きをさりげなく誘導しているだけだ。
そんな不毛でしかない洗脳作業に、慣れていく自分が嫌だった。
その後、指示されるままタリーニ国にまで足を運んだ。
伯父さんはそんな長旅は出来ない。なのでイグリセで入院したままだ。
モリエナ・パルミーゼの共転移で、三日に一度だけ会いに行っている。
もちろん、あたしがタリーニにいる事は秘密にしたままで。
本当なら、毎日行くべきだと思う。モリエナも、そういう協力はすると
いつも言っている。だけどあたしはもう、あまり伯父さんに会いたいと
思わない。いや、そう思わないよう努めている。
会って何を話せと言うのだろうか。病気の事か、それとも近況か。
どちらも口にしたくない。あたしにとって、もう伯父さんは遠い。
黙ってなきゃいけない事があまりに多過ぎて、何もまともに話せない。
伯父さんには、もう手が届かない。
それが現実だった。
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あたしが今、タリーニにいる理由。
それはどこまでもくだらない。
ロナモロス教団の最大戦力である、魔鎧屍兵。かなりの数が量産され、
ちょっとした国を揺るがせるほどの存在になりつつある。前にあたしも
その性能を目にした事があるけど、控えめに言って戦慄で足が震えた。
人間を遥かに超える力を持つ上に、洗脳のような天恵を受けつけない。
敵対する事になれば、もはや半端な犠牲では済まないだろうと思う。
副教主ネイル・コールデンもまた、これを使って破滅を目論んでいる。
細かい計画なんかは知らないけど、どのみち血を見る道を選ぶだろう。
そんな魔鎧屍兵には、弱点がある。
ごく一部の人間しか知らない、実に些細で致命的な弱点だ。
駆動に必要な「魔核」を生成できるのは、ウルスケス・ヘイリーという
少女だけ。魔核自体は消耗品らしいので、彼女が定期的に生成しないと
いずれ動かなくなってしまう。同じ天恵の持ち主も見つかっていない。
魔鎧屍兵の生命線とも言うべきこの少女は
壊れかけている。
だからこそ、あたしが来ていた。