旅の思い出の中に
首都ロンデルンには、神託師登録の時も含めて何度か行っている。
片道6時間の鉄道の旅は、やっぱりしんどい。何度やっても慣れない。
そうは言っても、回数を重ねる事で余裕みたいなものは生まれてくる。
ひたすら長い6時間の旅も、景色を楽しんだり会話を楽しんだりという
有意義な過ごし方も見えてくる。
だけど、さすがに今そんな余裕など持てない。
早く早く!
================================
我ながらとんでもない事をした。
ちょっとした弾みで、お爺ちゃんの指輪を着けて。
さらにちょっとした弾みで、お店に来たお客さんの天恵を見て。
バタバタしている間に、その事実をすっかり忘れてしまった。
その結果。
鉄道と船を乗り継いでも一日かかる異国に、トランを送ってしまった。
正直、それまでのいつよりも完全にパニック状態になってしまった。
あたし一人だったら、どうする事も出来なかっただろうなと思う。
直後は、あたしもポーニーも事態が把握できず、仲良くパニクった。
だけどしばらく後でローナが来て、事の顛末をすぐに説明してくれた。
あたしに宿っている天恵が何なのかさえ見れば、簡単だったらしい。
とは言え、それからトランがどこに行ったかを見つけるのは骨だった。
あたし自身がまったく無意識だったせいで、痕跡がなかったらしい。
いくら恵神ローナでも、手がかりが何もない状態でこの世界から一人を
探し出すのは不可能だ。って事で、とにかく何でもいいから手がかりを
求めた。要はこのあたしが思いつきそうな場所。それを考えに考えた。
大雑把でいいから、目的地を定めてローナが検索をかける。その作業を
何度も繰り返した。泣きそうになるのを堪え、ただひたすらに考えた。
実に14箇所目で、ついに当たりを引き当てた。
引き当てたそれは、何の事はない。新婚旅行の行き先と決めた街だ。
ホッとすると同時に、恥ずかしさで顔から火が出た。
================================
ポーニーもローナも、自分の体以外の何かを持っての転移は出来ない。
ローナはあのノートパソコンという機械なら持って行けるらしいけど、
それじゃ今は何の役にも立たない。
頼みの綱は、あたしがコピーしてる【転送】の天恵だけだ。
なので、とにかく知恵を絞って送る荷物を考えた。何よりも必要なのは
お金なんだけど、少なくともそれは今日中は無理だ。色んな事を踏まえ
旅の必須グッズを揃えて転送した。
トランだって馬鹿じゃない。送った物を存分に活用してくれるはずだ。
後は信じるだけ。
最初の荷物を送って以降は、精度を上げるべくひたすら練習に励んだ。
今しか持つ事のできない天恵だからこそ、間違いのないように臨んだ。
そもそもあたしのせいでこんな事になったんだから、もはやこれ以上の
ポカは許されなかった。
大変な日が続いたけど、それ以降はどうにか想定通りに事が運んだ。
一人旅は不安だとか、そんな贅沢は言ってられない。もう勢いに任せて
現地に行く。お店はポーニーたちに任せ、あたしはいざ出発である。
思い出深い新婚旅行になったなぁ。
================================
自分的にはかなり長い一日の果て、ようやく船は港に着いた。
色んな意味で実に不安だったけど、下船と同時にトランと再会できた。
思わず抱き着いてしまった。うん、ローナたちがいなくてよかった…。
「今回は本当に」
「ごめんなさいは聞き飽きたぜ。」
笑いながらそう言ってくれたトランの笑顔に、不覚にも涙がこぼれた。
ここまで来てようやく指輪を外し、騒ぎの元の天恵ともサヨナラした。
どうなるかと思ったけど、とにかくここまで二人で来られたんだ。
さあ、レッツ新婚旅行!
================================
さんざん世話になったけど、旅行の間は水入らずで…と決めていた。
つまり、よほどの緊急事態でもない限りポーニーとローナはお留守番。
しっかりお店を回していて欲しい…という話である。
我ながら勝手ばっかり言ってるなぁと思うけど、二人とも気を悪くした
様子もなく快諾してくれた。
「もちろんです。」
「いくら何でも、それが野暮だって事くらい知ってるわよ。」
笑いながら言ってくれた二人には、もう感謝しかない。お土産お土産。
何かいいもの買って帰ろうっと!
乗り越えられれば、トラブルなんて笑い話にできる。
このあたしが言う事じゃないけど、いつまでも引きずらない方がいい。
前向きに楽しんだ者勝ちだ!
短いけれど楽しい旅行は、こうして無事に幕を下ろした。
================================
「ただいまー!」
お店に帰り着いた時には、もう夕方になっていた。連絡しておいたので
既に閉店の準備もほぼ済んでいる。やっぱりホッとするなあ、我が家。
「お帰りなさーい!」
「お疲れ。」
「お世話になりました!」
笑顔で出迎えてくれた、ポーニーとローナに二人揃ってお礼を述べる。
今回は本当に、自業自得そのものなトラブルで大変お世話になった。
もし二人がいなかったら、トランは行き倒れていたかも知れないし。
「いいって事よ。」
「それよりお土産とお土産話を!」
慣れた手つきで紅茶を淹れてくれるポーニーに、思わず苦笑した。
すっかり板についちゃってるなあ。ホントに不思議な巡り合わせだ。
見慣れた窓から見える景色が、実に新鮮に目に映る。
そんな夕方だった。
================================
================================
「…何だ話って?」
「ちょっとね。」
新婚旅行から戻った日の夜。
俺はローナに呼び出され、ネミルが寝入ってから店に降りていた。
「気になる事があってさ。」
「俺にか?」
「そう。」
そう言いながら、ローナは俺の顔をじいっと見つめる。
しばしの沈黙ののち。
「あなた、二日目の午後からネミルと会うまで、どこにいたの?」
「鉄道でポロポネスまで行ってた。まあ、自転車でうろついてたよ。」
「それだけ?」
「ああ。」
「……………」
言葉を切ったローナは、不意に右手をかざした。指がかすかに光る。
「…!?」
驚く俺には構わず、ローナは親指と人差し指で輪を作り、それを右目の
前に持っていく。指の輪越しの目も同じ光を帯びるのが微かに見えた。
ネミルとは異なる光を帯びる瞳が、じいっと俺を射すくめる。
やがて。
「…やっぱり。」
「何が?」
「天恵の残滓が残ってる。」
「は!?…何のだ!?」
「洗脳。」
「えっ」
絶句した俺を見るローナの目から、光がゆっくりと消える。
右手を下したローナは、そこで深いため息をついた。
「覚えのある残滓よ。それも、割と最近にね。」
「それって、まさか…」
「ええ。」
頷いたローナの言葉には、揺るがぬ確信が込められていた。
「ランドレ・バスロの天恵の残滓に間違いない。どうやらあたしたちと
別れた後で、あんたは彼女に遭って洗脳を受け、記憶を消されたのよ。
そこで見聞きした事を、ごく自然に忘れるように…ってね。」
「マジかよ…」
かつて俺がオレグストにしたのと、ほぼ同じ事をされたってのか。
それも、あのランドレ・バスロに。
「心配させたくないから、ネミルがいる時は言わなかったけどね。」
「感謝する。」
こんな話は聞かせたくない。それを酌んでくれたのはありがたい。
しかし、懸念そのものは何ひとつとして解消されない。
ランドレが、あの場所にいたのか。
そして、この俺に洗脳を施したと。
何だ。
俺はポロポネスで、何を見たんだ?