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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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先立つものがないと

控えめに言って、【転送】の天恵はかなりの大当たりだろう。

ずっと前にネミルと一緒に、街往く人たちの天恵を片っ端から調べる

交通量調査みたいな真似をした事がある。あの時つくづく思ったけど、

そうそう有用な天恵なんて見つからない。あの時は修理工ジェレムの

【錬金術】に二人で興奮したけど、実用性って点ではどうにもならんと

後に本人も言ってたっけ。


そんな中で見つけた大当たりだ。

もちろん緊急性もシャレにならないくらい高いけど、そうでなくても

使いこなしたいと思うのはごく自然な話だろう。

当然の流れで、ネミルとポーニーは昨夜、さんざん練習をしたらしい。



よくやるよ、本当に。


================================


と言うわけで本題。


ここに来てまだ丸一日も経ってないけど、俺の見立てはほぼ当たった。

閑散としていた朝と同じ場所とは、とても思えない。それほど人の数が

えらい事になっている。やっぱり、ここは生粋の観光地なんだろうな。

よく野宿なんかできたもんだ。


後から調べて分かった話だが、昨日は宗教的な「休日」だったらしい。

だから夕方の時点であれほど人手が少なかったんだ。そういう意味では

まさに不幸中の幸いだった。もしも今日みたいな混雑の真っただ中に、

俺が突然現れてたらまず間違いなく大パニックになっていただろう。


しかし、済んだ事はもういい。

今から挑むのは、目の前の混雑の中に転送されてくる現金入りの鞄を、

誰にも気づかれず手に入れるという手品めいたミッションである。

一発で成功させないと、それ以降の行動も危うくなってしまうだろう。

まさにスパイさながらだ。


………………



何だか、逆にワクワクしてきたな。


================================


最初に鞄を送った時は、思いっ切り高さの座標がずれていた。

その事実をローナに伝えてもらった結果、ネミルはごく近距離の転送で

精度を上げる特訓をやったらしい。そういう努力は惜しまないよなあ。

ポーニーが受け取り側を担当して、何度も何度も転送を繰り返した。

思いのほか早くコツを掴んだネミルは、高さに関してはほぼ懸念要素を

排する事ができたらしい。凄いな。


で、モーニングセットでその成果を見せつけた。ローナからこの場所の

細かい情報を聞いていたから、ほぼ完璧に「地面」の上に置く離れ業を

やってのけたのである。どうせならとことん正確に、という意気込みは

まさに神託師と呼ぶのにふさわし…いかどうかは分からないけど。


ともあれ、泣いても笑ってもこれを使ってモノを受け取るのは最後だ。

必勝を期すため、ネミルたちは店でさらに研鑽を積んだ。もはや目的が

使いこなす事になってきている気もするけど、俺としては頼もしい。

大き過ぎる目標を掲げた時は苦言を呈したローナも、こういう時は実に

ノリがいい。それほど面倒がらず、連絡役をしっかり果たしてくれる。

嬉々としてお使いをしてくれるその姿に、何となく彼女の言いたかった

事の本質を見たような気がした。


誰のため、何のためが明確な目標。

終わりがはっきり見えている目標。

困難だけど、不可能ではない目標。

そういうのであれば喜んで手伝う。半年前、彼女自身が言っていたのは

まさにこういう事なんじゃないか。


もちろん、勝手な言い草だろう。

でも、人間ってのはそもそも勝手な生き物だ。そういう意味で言えば、

ローナはそこらの人間よりよっぽど人間らしい感覚でモノを言ってる。


今のこの時代において、天恵持ちは間違いなく特別な存在だ。

特別な存在だからこそ、普通の人とあまりにも乖離した感覚を持つと、

人生自体を逸脱しかねない。もしかすると、オレグストやウルスケスが

そういう領域に足を突っ込んでいるのかも知れない。ローナが俺たちを

止めた本当の理由は、意外とそんな部分にあるのかも知れない。


ま、それはそれだ。

今さら蒸し返す気もない。ってか、正直今はそれどころじゃない。



スパイミッションが待っている。


================================


本人の談では、【共転移】の天恵は自分が行った事のある場所にしか

適用できないって話だった。それと比べれば、【転送】の天恵はかなり

自由度が高い。何といっても、観光ガイドでしか見た事のない場所に、

この俺を送ってしまえたんだから。つまり行き先の設定に制限はない。


しかしその分、精度は高くない。

同じくこの公園に送るとして、特訓の成果を発揮できるのは先の転送と

まったく同じ座標だけだ。つまり、俺自身が転着した地点が最も確実。

公衆トイレの個室とか指定しても、おそらく少し座標がずれるだろう。

何事も、そう都合よくは行かない。


逆に言えば、この地点ならかなりの高精度転着が可能になっている。

モーニングセットをも超えるような神業を、試すチャンスでもある。

どうせならカッコよく決めよう。



と言うわけで、ポーニーを召喚だ。


================================


「行けると思います。」


即答が心強かった。おそらくよほど練習を重ねたんだろう。現地を見て

はっきりと言い切ってくれた。

向こうには、ローナが戻っている。俺の状況や地勢などは、可能な限り

詳しく伝えてくれたはずだ。なら、後は一発勝負である。


『それじゃ行きます。南から北へ、等速で歩いて行ってください。』


懐に入れている文庫本の世界から、ポーニーが俺の歩く速度に合わせて

ネミルに指示を出す。この方法が、もっとも確実らしい。…後は三人を

信じるだけだ。


「…あと6歩。5歩。4。3。2。1。…はい!」


シュン!!


掛け声と同時に、両の肩にかすかな荷重を感じた。覚えのある感触が、

かすかな音と共に背中に当たる。

俺の愛用の買い出し用リュックだ。それが完璧なタイミングと位置で、

背に負う形で転着を果たしていた。


「よっしゃ!」


小さな声で言った俺は、そのままの歩調でトイレの影まで移動する。

そおっとリュックに手をかけると、問題なく降ろす事が出来た。

ああよかった。背中と一体化とか、そういう結果にはならなかった。

ファスナーを開けると、間違いなく財布とこの国の紙幣が入っている。

思わずため息が漏れた。


「ネミル、ポーニー、ローナ。」


文庫本に顔を寄せ、小声で告げる。


「ありがとう。入金完了だ。」

『やたーーーー!!』


三人の声が立体的に重なって響く。何だか大喜びしてるなあ、ホント。

ともあれ、無事ミッションクリア。



新婚旅行に向けて、大きく前進だ。

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