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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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一人じゃない夜

「ああもう、暗くなっちまう。」


水平線に太陽が沈み、夕闇が迫る。とにかく鞄を開けて中身を探る。

シルエットになりつつある、傍らのローナが面白そうに見ている。


「おっと…」


真っ先に指先が探り当てたものに、俺は思わず苦笑した。これかよ…

そっと取り出したのは、キャンプで使う細長いランプだ。布にくるまれ

一番上に入っていた。


「よく割れなかったな。」

「あって正解でしょ?」

「まあ…そりゃあな。」


そう言いながらランプを点灯する。ぼんやりした灯りと、耳をすませば

遠くに波の音。…俺はいったい何をやってるんだと、笑いたくなった。

なるほど、何よりまず必要なものはこれだと、理解はしてたって事か。


ランプの灯りが訴えかけてくる。



とりあえず、今日は野宿確定だと。


================================


次に取り出したのは水筒。中身は…湯冷ましだな。まあこれは助かる。

しかし、がぶ飲みするのはまずい。先の事を考え、控えめに喉を潤す。

ともあれ、ひと息ついた。


「…ふぅ。」

「大丈夫?」

「ああ。何とか落ち着いた。」


灯りに浮かぶローナにそう答えて、俺は大きなパンの包みをほどいた。

カロリーの塊みたいな奴だ。今日はとにかくこれでしのげって事だな。


不思議なもので、手元に食べ物さえあれば空腹が気にならなくなる。

と言うか、今これを食ったら確実に睡魔に襲われる。もうちょっとだけ

現状の確認をしてから食べよう。


「あ。」

「どしたの?」

「…多分、俺は今日この近くで野宿する事になるんだけど。」

「でしょうね。それが?」

「ちょっと治安的に不安だし、もし大丈夫なら寝ずの番を…」

「ああいいよ。もともとそのつもりだったし。」

「申し訳ない。」


神に頼む事なのかと思うが、どうせ夜はヒマだろうし別にいいだろう。

我ながら図太くなったもんだな。


「帰ったらちゃんと埋め合わせを」

「そのかわり、寝込みを襲っちゃうからね?」

「…やっぱりいいです。」

「冗談だってのに。」


シャレにならん冗談はやめてくれ。

恵神ローナとの姦通なんて、考える限りもっともヤバい大罪だろうよ。



いつからこうなった、俺の人生。


================================


次に、薄っぺらい寝袋が出てきた。ちょっと前に勢いで買ったやつだ。

いかにも安物って感じだけど、まあ寒い季節じゃないからこれでいい。

むしろ本格的なのだと、かさばって逆に不便になるだろう。


どっちみち、こんなキャンプじみた事を何日もやるのはごめんだ。

どうにかしてネミルと合流すれば、新婚旅行にシフトチェンジできる。

何をするのも明日だ。幸いここにはローナがいる。まどろっこしいが、

一瞬で店に戻れる彼女さえいれば、どうにか連絡を取り合う事が…


「ん?」


丸めた寝袋の中に、何か四角いものが入っているのを見つけた。何だ?

苦労して取り出したそれは、文庫本らしかった。


「ええと、これは…」

「無線機よ。」

「は?」


よく分からない単語を口にしつつ、ローナは意味ありげに笑った。


「さすがに、あんまり何度も何度も往復するのは面倒臭いからね。」

「…ああなるほど、そういう事か。確かに。」


表紙を灯りにかざして確認し、俺も思わず苦笑を浮かべてしまった。

「三つ編みのホージー・ポーニー」の3巻だ。帯がついたままって事は

慌てて買ってきたんだろうな。


最初の挿絵ページを開き、俺は口を寄せて呼びかけてみた。


「おーい、聞こえるか?」


…………

数秒の沈黙ののち。


『ごめーん!!』


思いのほかクリアなネミルの声が、ページの中央から飛び出してきた。



やれやれ。


================================


ネミルは平謝りだった。おそらく、本の向こうでも頭下げてるだろう。

大変な目に遭ったのは事実だけど、別にもう怒る気にもならなかった。


「大丈夫だから気にするな。むしろ貴重な経験だったぜ。」

『ちゃんと埋め合わせするから!』

「分かった分かった。それで?」


とにかく、今は現状の確認だ。

かなり進展したと思いたい。



声が聴けると、本当にホッとする。


================================


どうやら、ネミルは客から得た天恵【転送】はまだ持っているらしい。

分かっていた事だが、ネミル本人がここに天恵の力で来るのは無理だ。

本人以外の何かしら、こっちに送る事しかできない。まあ仕方ない。

常識的な移動手段を使い、ここまで来る。いたって当然の話だ。


ちなみに、今日はどうしてもこっちの通貨が用意できなかったらしい。

そりゃそうだ。もう夕方だったし、銀行が閉まってるのは当たり前だ。

明日の朝イチで両替をしに行って、ある程度の額をこっちに送るとか。

…いきなり虚空から金が出るのか。不条理ここに極まれりって感じだ。

ちゃんと間違いなく回収しないと。


パスポートは鞄の一番底にあった。入国の証印が押されていないけど、

それは何とかごまかそう。こういう時こそ役立つのが俺の【魔王】だ。

…言ってて悲しくなるほど、せこい使い方ではあるけど。


とりあえず、状況はそこそこ改善を成した。

考えなしバックパッカー程度には、体裁を整えられたんじゃないか。

そんなワイルドな趣味はないけど、これはこれでけっこう楽しいかも。


『今日だけ何とか我慢してね!』

「ああ。まあ何とかするよ。」


言いながら、俺はふと気づいた。


「ってか、この本があればポーニーはこっちに来られるよな?なら…」

『ダメ。』

「ダメなのか。」

『うん。』

「まあいいけど。んじゃあ、今日のところはこれで。」

『うん。くれぐれも気を付けてね。また明日。』

「ああ。」


そう言いかわし、俺は本を閉じた。

…誰もいないけど、もし誰かが俺を見てたらさぞ変に思っただろう。

文庫本開いてボソボソと喋っている野宿者。変を通り越して不審者だ。


「ま、今日はこれで寝よう。」

「それでいいんじゃない?」

「……しかし、どうしてポーニーを送るのは食い気味に断ったんだ?」

「分かんないの?」


何気ない疑問に、ローナがいささか呆れ気味の口調で答えた。


「え?…何だよ。」

「こんな遠い場所で、あんたが自分以外の女の子と夜を過ごすなんて、

ネミルにとっては心配以外の何でもないでしょ。それだけの話よ。」

「あー…そうか。」


納得した。

すごい納得した。

新婚気分が足りないのは俺の方か。

ちょっと反省…


いやいや違う。そうじゃない。

こんな不条理な状況で、何を一般論語ってんだって話だろうが。

いろいろ麻痺してるぞ俺。


まあいいや。

疲れた。



とりあえず、パン食って寝よう。

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