シュリオ・ガンナーの天恵
落ち着いて考えれば、「ガンナー」という名には心当たりがあった。
確か北部のイデナス地方に、そんな名前の領主がいた。ずいぶん前に、
親父から聞いた事があったっけ。
母と名乗った女性に訊いてみたら、やっぱりそうだった。
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「私はセルバス・ガンナー。現領主は長男です。」
「ご長男さんですか。えと、という事はこの人は…」
「シュリオは三男です。」
「なるほど。」
三男坊って事は、俺と同じなのか。結構な身分なんだなこの騎士は。
「それがどうして、わざわざこんな街まで?」
貸切りの札をかけてきたネミルが、セルバスさんにそう質問する。
「やっぱり天恵が原因ですか。」
「ええ、そうなんです。」
答えたのは、妹と名乗った女性だ。名前はロナン。さっき、母親よりも
先に自己紹介を済ませていた。
「でも、これほどの遠出をしたのは初めてですけど…あ、そうそう」
「はい?」
「ケーキと紅茶お願いします。」
「あっ、はい。」
「私も紅茶を。」
「承知しました。」
いきなり注文が入った。
まあ、注文してくれるに越した事はない…って話だな。
俺たちもちょっと一服しよう。
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「…少々思い込みの激しいところはありますが、いい子なんですよ。」
紅茶をひと口飲んだセルバスさんが言った。ロナンさんの方は、旺盛に
ケーキにかぶりついている。何ともマイペースな感じだった。
「昔から、騎士の物語に憧れていたのは事実です。とは言え、さすがに
自分がそれになれるなどとは思っていませんでした。」
「…確か、騎士って称号そのものは今でも残ってますよね。女王陛下の
近衛兵かなんかで。」
「よくご存じですね。その通り。」
言いながら、セルバスさんはフッときまり悪げな笑みを浮かべた。
「そんなものになれる才覚もツテもない。本人も分かってました。が、
天恵宣告を受けてこの子は変わってしまったんですよ。」
「…つまり、自分が騎士だと本気で思い込んでるって事ですか。」
「恥ずかしい限りですが。」
「………………」
何とも言いようがなかった。
いくら天恵だと言っても、ここまでのめり込んでしまうものなのか。
だとすると、俺もいつか自分の天恵に呑み込まれたりするんだろうか。
正直、それはかなり怖い。
「だけど、兄は別に人を傷つけたりしてるわけじゃないんですよ?」
そこで言葉を挟んだのは、ケーキを平らげたロナンさんだった。
「自分を騎士だと思い込んでるって言っても、別に誰彼構わずに戦いを
挑んだりするわけじゃありません。世の平穏を護るんだ!って言って、
領内の見回りとかをしてたんです。迷子の子供を保護して親を探したり
若者の喧嘩の仲裁をしたり。そんな事をずっと続けてたんです。」
「へぇ…」
己の表情が抜け落ちるのが判った。
世の平穏を護るって、俺たちの店の平穏は思いきり壊されてるんだが。
でもまあ、言っても仕方がない。
「さいわい、長男と次男がしっかり領地の運営はしてくれています。」
言いながら、セルバスさんが小さく肩をすくめる。
「だから私たちが、目付け役として従者の真似事をしているんですよ。
さすがにもう、領民たちはこの事を理解してくれています。」
「へぇぇ…」
心底感心した様子で、ネミルが未だ寝ているシュリオ氏を見つめた。
何と言うか、ちょっといい話だな。
変人ではあるけど、少なくとも領内ではけっこう慕われてるって事か。
俺たちは「変な」一面しか知らないけど、いい人なんだろうなきっと。
…だからこそ、余計にこんな所まで来た理由が気になるんだけど。
「でも半月前、この子は突然魔王が現れたと騒ぎだしました。もちろん
またいつもの妄想だろうと思ってはいますが、とにかく本人のやる気が
いつも以上でして。やむなくこの街まで来たという次第です。」
「遠出は楽しいんですけどね。」
あっけらかんとした口調で、ロナンさんがそう言い添える。いやこれ、
きっと語ってるほど簡単な仕事じゃないだろう。あの息ピッタリだった
コンビネーションを見る限り、今に至るまでに苦労したに違いない。
とは言え、魔王討伐と言われると…
「何か心当たりありませんか?」
「いえ、特には…」
そう答えるしかなかった。まさか、自分の天恵がそうだと言うわけにも
いかないだろう。下手すると、血を見るような事態にもなりかねない。
「ですよね。」
頷いた二人は、さほど残念そうにも見えなかった。まあ、本当に魔王と
戦う事になるのはもちろん願い下げに決まってる。当然の話だろう。
飽きて帰る気になるのを待つとか、そういう感じなんだろうな。
申し訳ないけど、力にはなれない。
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「お代わりいかがですか?」
「あ、はい。」
「いただきます!」
一向に起きる気配のない騎士を横目に、二人はすっかり寛いでいた。
さすがに慣れてきた俺たち二人も、それなりに肩の力を抜く。
「ちなみにシュリオさん、おいくつなんですか?」
「二十歳を過ぎたところです。」
ネミルの質問に特に他意はなかったものの、答えるセルバスさんは少し
気恥ずかしそうな感じだった。まあ気持ちは分かる。二十歳にもなって
何やってんだと言われるだろうし。
しかし、そこでふと別の疑問が頭に浮かんだ。
「…立ち入った質問ですけど、なぜ今になって天恵を見ようと?」
「機会があったんですよ。」
答えたのはロナンさんだった。
「もともとうちの領内には神託師はいませんでした。わざわざ遠くまで
見てもらいに行くものでもないし、それは兄も分かっていたはずです。
だけど1年ちょっと前、祭りの日に流浪の神託師がやって来たんです。
兄はそこで宣告を受けました。」
は?
ちょっと待て。
流浪の神託師だって?
「…何か?」
「いえ。」
表情で何かを察したらしいセルバスさんには答えず、俺はネミルの方に
向き直る。どうやら同じような事を考えているらしかった。
「ネミル。」
「うん。」
「ちょっと確認だけしてみよう。」
「分かった。」
迷いなく答えたネミルは、襟口から指輪を取り出して左薬指にはめる。
「え、何ですかそれ?」
「天恵を見るための道具です。」
「え!?」
「ちょっと失礼しますね。」
驚く親子を横目に、ネミルは目の前で眠りこけるシュリオ氏へと意識を
集中した。間もなくその瞳が、淡い光を帯びる。
「ど、どうしたんですか彼女?」
「ご心配なく。すぐ終わります。」
そう言い交わす間に、ネミルは集中を解いて小さく息をついた。
「どうだった?」
「予想通り。」
「何の事ですか?」
心配げなセルバスさんに向き直り、ネミルはゆっくりと告げる。
「シュリオさんは、まだ天恵宣告を受けられていません。」
「…え?」
親子の声が重なる。
いつもの俺とネミルのように。
やっぱり、そういう事だったのか。