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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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何処ではなく何故

何が起こったのか。


ネミルと目が合った次の瞬間、俺はまったく違う場所に立っていた。

まず屋外だ。日差しの強さが、ついさっきまで歩いていた地元と違う。

影の濃さも違う。何より、あまりに唐突な潮の香りを感じる。


ハッと目を向けると、ここは海辺に面した公園のような場所だった。

カモメが遠くで鳴いており、海沿いにはカラフルな建物が並んでいる。


「ヴェイ!?」


いきなり声をかけられ、俺は思わず飛び上がった。目を向けると、紺に

白の水玉ワンピースを着た少女が、両目をまん丸に見開いてじっと俺を

見ている。驚いているのか興奮しているのか、何にせよ尋常じゃない。


「ど、どうかしたの?」

「アウェフレマス!コロ!!」


完全に外国語だ。意思の疎通などは望むべくもない。ただ少なくとも、

彼女が俺の何にそこまで驚いているのかはぼんやりと分かった。


どうやら、何の前触れもなくここに俺が現れたのを目撃したんだろう。

ざっと見渡したところ、他にそれを見た人はいないらしい。幸か不幸か

騒ぎにはなっていないようだった。


「コロ!!コロ!!コロッ!!」


そんなまくし立てられても困るし、あんまり人目を引きたくもない。

困っていた俺は、ふと市場で買い物をしていた時の事を思い出した。

確かあの時、香辛料の店の店員が…

ポケットを探ると、果たしてそれは残っていた。オマケとしてもらった

白とピンク色の飴玉だった。


なおも興奮冷めやらぬ少女に、俺は喫茶店スマイルで飴玉を差し出す。

おもてなしってのは言葉じゃない。気持ちだ。相手が子供ならなおさら

その理を信じろ!


「プレゼント。」

「ウィニ?」


キョトンとした少女に頷いてみせた途端、彼女は顔いっぱいに笑った。

そして遠慮なく飴玉を2つとも手に取り、伸ばした俺の指をぎゅっと

握って振る。…握手かな?


「ホルメ!!」

「うん、どうぞどうぞ。」


やがてその手を離した少女は、笑顔のまま駆け去っていった。もはや、

ついさっきの不条理な出来事などはきれいさっぱり忘れたらしい。

うん、いいんだこれで。



食べ物は、大抵の事を解決する。


================================


さて。

女の子は穏便に離れていってくれたものの、何ひとつ解決していない。

俺にいったい、何が起こったのか。とにかくそれを考えないと。


とりあえず、ここはどこだ…というベタな疑問は抱かない。って言うか

ここがどこなのかは、ほぼ最初から見当がついている。

タリーニ王国の港町、ペロノフス。海産業が特に有名な、古い街だ。

さっきの子が話していたのも、多分タリーニ語だったんだろう。


時差はそれほどないはずだ。つまりもうすぐ夕方。港町に人が多いのは

主に午前中だから、今は見ての通り閑散としている。逆に助かった。

と言っても、このままここにいてもどうしようもない。観光客なんかが

集まる店が並ぶのは、もっと南だ。とにかくそっちへ向かってみよう。

靴を履いていて助かった。ってか、外出帰りのままの服で助かった。

財布はポケットに入ってるけれど、買い出し帰りだから現金は乏しい。

そもそも、共通貨幣に換金しないと使う事すらも出来ない。



…まだまだ厳しいなあ、状況は。


================================


日が暮れる前に何とかイグリセ人に遭えれば…と最初は思っていたが、

考えてみればそれもかなりヤバい。パスポートを所持していない以上、

密入国と言われたら反論できない。色んな意味で詰んでしまう。


とにかく現状、どうにかして現金を確保したい。逆にそれさえあれば、

パスポートを持ってるかどうななどすぐには問題にならない。…正直、

かなり腹が減ってきた。今さらな話だけど、あの飴玉が惜しい。


ここがどこかは分かってる。なら、どうしてここにってのが知りたい。

よりによってここに俺がいる理由。はっきり言ってそれなりに予想は

できるけど、正直言って知りたくはない。そんなろくでもない事…


ああ日が沈む。

俺はどうなるんだ。

誰でもいいから…


「ヘイお兄さん。」


出し抜けにそんな声が聞こえた。

何の前触れも気配もなく、いきなりすぐ背後から。


「煙草かブランデー買わないかね。安くしとくよ。」

「どっちも嫌いだよ、俺は。」


そう答えた俺は、ドッと疲れが出た表情のまま向き直る。

いかにもペロノフスらしい服に身を包む、見慣れた顔が笑っていた。


「元気ないねえ、トラン。」

「どうやって元気でいられるんだ、この状況で。」

「来たがってた場所じゃない。何か不満でも?」

「不満を言うエネルギーがない。」

「だろうねえ、うんうん。」


もはや、おちょくられている事への怒りも湧かない。そんな気力ない。


「助けて下さいよ。」

「分かった。何とか考えよう。」


そう言いつつ、相変わらず面白そうに笑っている目の前の女性―――



ローナの笑顔が何とも憎たらしく、そして限りない安堵を生んでいた。

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