そんなつもりじゃ
新婚さん。
そう言われる機会も、さすがにもう少なくなってきた。
そもそもお店を一緒に開いてからが長いから、そう見えないのもある。
だけどここは田舎街だ。それ故に、人の噂はけっこう広く伝わる。
今さらながら、あたしたちが正式に結婚した話はちゃんと広まった。
略式とはいえ結婚式も挙げたから、新婚さんには違いない。
でもやっぱり時間は等しく過ぎる。
もたもたしていると、「新婚さん」である時期も終わってしまう。
そうなってからでは、新婚旅行って言葉も意味を失ってしまうだろう。
もうすぐディナさんの出産予定日。生まれてからはまた騒がしくなる。
多分、あたしたちにも何かと用事が回ってくるような予感がある。
その前に新婚旅行だ!
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今日は曇り。昨日までの雨のせいであちこちぬかるんでいる。なので、
観光客の姿もあまり見ない。お店もけっこうヒマになるパターンだ。
いい機会だと言って、トランは少し遠い市場まで買い出しに出かけた。
あたしとポーニーで留守番。今日はローナはどこかに行ってるけれど、
夕方には来ると言っていた。まあ、平和な時間だ。洗いものを済ませ、
あたしたちはのんびりしていた。
新婚旅行は来週からだ。もう既に、旅の支度はバッチリできている。
三泊四日のささやかな旅行だけど、思えば初めての本格的な二人旅だ。
あれこれ考えると、どうしても顔がホタホタと緩む。
「待ち遠しいですよね。」
「まあねぇ。」
ポーニーは基本的に、茶化すような言い方をしない。だからあたしも、
率直な言葉が返せる。何たって新婚旅行だ。待ち遠しくないわけない。
あれこれ考えているうち、あたしはふと胸元から指輪を取り出した。
じっと見ていると、今までの経緯が頭の中を巡る。そうだ、この指輪を
お爺ちゃんが遺した事で、あたしとトランの日々は始まったんだった。
結婚指輪は、あえて作らなかった。あたしにとっての「指輪」と言えば
間違いなくコレだし、あたしたちの縁を結んでくれたのもこの指輪だ。
今さら、コレ以外の証を指にはめる気にはなれなかった。
「いいんじゃないか?それで。」
トランもあっさり納得してくれた。指輪はあたしにとって今まで以上に
大切なものになった。
あらためてその思いを確認し、指にそっとはめる。いいなあこの感じ。
あれよあれよという間に「大人」として生きていく道が決まった。
多分これからも、トランとこの指輪と一緒に歩いて行くんだろう。
あたしは…
チリリン。
「あ、いらっしゃいませー!」
一人の男性の来店により、あたしの物思いは中断した。指輪をしたまま
接客している事に、ほんの少しの間気付かなった。こんな事は珍しい。
注文を聞きながら、あたしは久々にちょっと指輪を使いたくなった。
この人は「白」だ。
じゃあ、どんな天恵を持っているんだろうかと。
普段そんな事しないのに、当たり前のように天恵を覗き見てしまった。
へえぇ、【転送】だって。
以前に来てくれたモリエナさんは、確か【共転移】だったっけ。
転移と転送。似てるけどその能力はかなりちがうんだろうなあ。
そう言えば資料にも載ってたっけ。ええっと確か…
「カフェオレお願いします。」
「あっ、ハイただいま!」
しまった、まだちゃんと注文聞いてなかった。…ちょっと浮ついてる。
いけないいけない。旅は来週から。それまではちゃんと仕事しないと。
気持ちを引き締め、あたしは注文を確認していた。
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「ただいまー。」
それからたっぷり1時間後。
大荷物を抱えたトランが、ようやく買い物から帰ってきた。
「おかえりー。」
「お疲れ様です。」
「大丈夫だったか?」
カウンターに荷物を置き、トランはそう言って店内を見渡した。
さっきのお客さんはもういないし、あれから誰も来ていない。ただ、
近所の出前の注文が2件あった。
「なるほど。まあ今日はそんな感じなんだろうな。」
「そうね。」
「正直、旅の前にあくせく働くのもちょっと嫌だしな。」
「あれぇ、そんな事言ってていいんですか店長?あたしがお店を…」
「簒奪を匂わせるなってのに。」
不穏な事を言うポーニーを、トランが笑いながら窘める。あ、やっぱり
彼も楽しみなんだなぁと実感した。
いよいよ来週だ。向かう先は…
シュン!!
「え?」
「あれ?」
その瞬間。
目の前に立っていたはずのトランの姿が、一瞬で掻き消えた。
音も立てず、前触れさえもなく。
ゴトゴトン!
カウンターを転がったジャガイモが何個か床に落ち、鈍い音を立てた。
ハッと我に返ったあたしは、それを拾おうと反射的に手を伸ばす。
伸ばした手の指に、着けっぱなしにしていた指輪が見えた。
あ。
外すの忘れてた。
そう言えば、さっき来たお客さんの天恵を…
え?
まさか…
これ、原因はあたしなの?