意地っ張りの願い
家族仲は、割といい方だと思う。
もちろん、兄弟姉妹の仲もそれほど悪くはないと今でも思っている。
…そりゃあ、喧嘩もするけれど。
反りが合わない時もあるけれど。
それでも、互いの事を尊重し合って今日まで暮らしてきたんだ。
だけど、あたしにだってどうしても譲れない一線ってものはある。
姉のプライドってものを持ってる。それもまた事実なんだ。
弟には
トランには、絶対に負けられない。
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あたしには、料理のセンスがない。
味音痴ってわけじゃない。むしろ、味覚に関しては人並み以上だろう。
ただ、調理するという点においては明らかに他の家族より劣っている。
もしこれで味音痴だったとしたら、血のつながりを疑うところだった。
だから、家業の手伝いをするという選択ができなかった。仕方ないので
出版社に就職した。もちろん仕事は誇りに思っている。割とキツイけど
性に合ってるし、別に辞めたいとも思ってない。すでに部下もいるし、
立派に働いていますともさ。
だけど正直、弟のトランに対してのコンプレックスは今でも持ってる。
ほんの小っちゃい頃から料理の才能に秀でていた弟に、嫉妬していた。
向こうはそうでもないって余裕が、また悔しさを倍増させた。
ライバル意識、なんてものはない。ただ単に、自分に出来ない事をする
弟が羨ましいだけだ。同じ両親から生まれたはずなのに、何であたしは
料理のセンスを継がなかったのか。諦めてはいるけど、顔を見るたびに
そんな思いは頭をもたげた。
とは言え、別に嫌いな訳じゃない。頑張り屋なところは尊敬してるし、
憎まれ口を叩きながらもあたしたち家族を大事にしてるのも知ってる。
夢を語る姿も、ずっと眩しかった。
そう、19歳の誕生日までは。
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弟の人生は、あの誕生日を境にして劇的に前に進んでしまった。
お店の手伝いをしているだけだったのに、いきなり喫茶店を持つとか
言い出した。それも本気で。正直、冗談でしょと笑い飛ばしたかった。
だけどさすがに、ルトガーお爺さんの葬儀の後で冗談はないだろう。
ものすごい前倒しになってるけど、トランの歩む道は確かだったんだ。
ネミルちゃんと許嫁の関係になったと聞いた夜、一睡もできなかった。
いくら何でも嘘だろうと、信じ難い気持ちが心でとぐろを巻いた。
いや別に反対だったわけじゃない。むしろ応援したいとは思っていた。
ネミルちゃんの事よく知ってるし、お似合いのカップルだとも思うし。
邪魔してやろうなんて考えも、全く持ってはいなかった。
ただ先を越されるのが、どうしても我慢できなかったんだ。
結婚くらい先にさせろよ!!
と。
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幼馴染のドッチェからプロポーズをされた時は、驚いたけど狂喜した。
純粋に嬉しかったのもあるけれど、トランに先んじたのも嬉しかった。
「許嫁」で足踏みしているトランに対し、やっとマウントが取れた。
…我ながら情けないけど、あたしという人間はそういう性格なんだ。
ちょっとマウントを取るくらいいいだろう。気にする性格でもないし。
…言ってて悲しくなるなあ。
だけど油断はできない。
あいつの事だから、何でもないって顔で「式を挙げる」と言い出す事も
十分にあり得る。何たって、双方の両親から許可も出ているんだから。
モタモタしてたら追い抜かれる。
そんなこんなで、あたしはドッチェとの結婚に向かって邁進した。
焦るあまり、ちょっとフライングをかましてしまった。
…ううん、不覚だ。
まさかできちゃった婚になるとは。
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日差しが暖かな、月末の休日。
「こんにちはー。」
「いらっしゃい!」
時間通りにやって来たネミルちゃんを、あたしは素早く招き入れた。
外をキョロキョロ確認するあたしに対し、訝しげな視線が注がれる。
「…どうしたんですか?」
「いや尾行がいないかと思って。」
「尾行って?」
「トランが来てたらアレだし…」
「アレって何ですかアレって!」
「えっ!?」
挙動不審を怒られた。
休日に彼女を家に呼び出したのは、他でもないこのあたしだ。
やっぱり怪し過ぎたか。
ちょっと反省、そして謝罪。
何やってんだかなあ、あたしって。
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ともあれ、別に彼女に対し文句とか言いたいわけじゃない。ただ単に、
彼女にしか出来ない事をこっそりとお願いしたかった。
色んな意味で、今日のこのお願いはトランには知られたくなかった。
「ねえ、ネミルちゃん。」
「はい?」
「ひとつお願いがあるんだけど。」
「何でしょうか。」
「あたしの天恵、見てくれない?」