あの人たちなら
私は、言い訳ばっかりだ。
望まない天恵を得た事が、何よりも使い勝手のいい口実になった。
共転移なんて能力、私なんかに扱い切れる代物じゃなかったんだと。
だからこそ、母や教団幹部の指示のまま、罪を重ねてきたんだと。
幸運なのか不運なのか、それすらも自分で決められなくなっている。
もう、私はどうしようもない。
いつしか私は、真面目に考える事を放棄していた。
皆からの指示に従ってさえいれば、とりあえず安全に生きてはいける。
共転移の度に得てしまう人の記憶に関しては、知らないふりに徹する。
どのみち、知られてしまった時点で私という存在は終わりだ。
全てを隠蔽するため、ネイルさんか母かゲイズあたりが殺そうとする。
そうなるという悲しい確信が、今の私の中には深く根付いている。
ロナモロス教はもう、それほどまで歪み切ってしまっている。
私という存在はきっと、歪み切ったこの教団の掃き溜めなんだろう。
掃き溜めだという事が判明すれば、この世界に居場所なんてなくなる。
転移できるから何だと言うのか。
たとえどこへ行こうと、行った先は全てネイルたちに把握される。
私は、この世界という名の広過ぎる鳥籠に囚われた、醜く汚い鳥だ。
囀る事も許されず、ただひたすらに汚れた翼で誰かをどこかへ運ぶ。
大っ嫌いだ。
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だけど
ランドレさんだけは
彼女だけは、どうしても己の心から追い出す事ができなかった。
洗脳を受けたわけでもないのに。
当たり前の平穏を奪われた彼女の、あの顔はどうしても消えはしない。
教団の中は、うすら寒い。
誰もが私の天恵を知らず、共転移の便利さを求めて仕事を振ってくる。
浅ましい考えや記憶を得るたびに、私は自分も他人も嫌になった。
だけどランドレさんは、どこまでも純粋だ。
たった一人の肉親である伯父さんの事を、心から慕っているらしい。
彼女のその感情を何と呼ぶべきか、私なんかに決められるはずもない。
彼女が望むのは、伯父のペイズド氏が快復する事だけ。ただそれだけ。
元気になった彼と、家に帰りたい。本当にそれだけを望んでいる。
今日に至るまでに、何度となく彼女を共転移であちこちに運んだ。
その度に流れ込む彼女の記憶には、新たなものが追記されていかない。
彼女の心はあの日で止まっている。
私とオレグスト、そしてエフトポの三人が訪ねていった日から。
彼女の心から流れ込む新たな記憶というものが、何もなくなった。
どうしてなのだろうか。
困惑はしかし、長く続かなかった。
理解すると同時に、悲しくなった。
あの日から今日に至るまで、彼女に心に刻むべき事柄は何もなかった。
記憶するのと心に留めるのとは別。おそらく私の共転移は、心に留めた
記憶の内容しか拾えないんだろう。そう考えれば、全て納得がいく。
私も含め、心に留めるに値しない。そんな風に思われているだけだ。
そしてそれは
当たり前の事なんだろう。
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ネイル・コールデンの天恵の内容を知る者は、ほんの数えるほどだ。
魔鎧屍兵の開発を、実際に担当したマッケナー氏でさえも知らない。
ここと異なる異界の知を引き込む事ができるという、神様のような力。
神とは対極に位置する彼女に、恵神ローナはそんな天恵を授けた。
一度でいいから、何故なのか訊いてみたかった。
この私の天恵も含めて。
もちろん私は、それを知っているという事実を誰にも伏せている。
共転移で知ったという事実は、もう誰にも言えない。おそらく母は、
迷う事なく私の命を切り捨てる。
恵神の怒りを怖れるとか言う割に、彼らの主張はどこまでも身勝手だ。
神に対する畏怖そのものを、根本的にはき違えているとしか思えない。
ロナモロス教を名乗る存在として、恵神を何だと思ってるのだろうか。
そこまで考えた時、思い出した。
神ではなく、魔王の存在を。
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何がどう「魔王」なのか。
ハッキリ言って、何も分からない。ただあのオレグストの記憶の中に、
ぽつねんと存在していた人物だ。
どこの誰かも判らないまま、ずっと忘れていた。
ランドレさんが行きたがった喫茶店で姿を見た時は、我が目を疑った。
悪いと思ったけど。
それでも衝動を抑えられなかった。
だから、一人で赴いた。
誰にも場所を知られたくなかった。だから転移は一切使わず、地道に
鉄道を使って赴いた。
正直言って、拍子抜けするほど普通の人たちだった。ごく当たり前に、
丁寧な接客とおいしいコーヒーとでもてなしてもらえた。
神託師だという女性の力も、間違いなく本物だった。宣告を受けた事を
看破するあたり、オレグストよりもはるかに高精度だった。
だけど彼女も、ごく普通の優しい人でしかなかった。
ガッカリしたわけじゃない。
けど、何かを期待していたのもまた事実だった。
あの人たちなら、今の何かを変えてくれるかも知れない。
ネイル・コールデンが成そうとする事を、止めてくれるかも知れない。
もしかすると、そんな事をぼんやり考えていたのかも知れなかった。
ガッカリしたわけじゃない。
それは絶対に言い切れる。
これで終わりじゃないから。
勝手な言い草だけど、こんなところで終わりにしたくはないから。
逃げる事も抗う事も出来ない、弱い私ではあるけど。
あのお店に自分で足を運んだという事実からは、目を背けたくない。
あの人たちに、本当に何か期待すると言うのなら。
何かをお願いしたいと本気で思う時が、いつか訪れるのなら。
その時だけは、逃げたくない。
たとえ、何が起ころうとも。