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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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あの人たちなら

私は、言い訳ばっかりだ。


望まない天恵を得た事が、何よりも使い勝手のいい口実になった。

共転移なんて能力、私なんかに扱い切れる代物じゃなかったんだと。

だからこそ、母や教団幹部の指示のまま、罪を重ねてきたんだと。


幸運なのか不運なのか、それすらも自分で決められなくなっている。

もう、私はどうしようもない。


いつしか私は、真面目に考える事を放棄していた。

皆からの指示に従ってさえいれば、とりあえず安全に生きてはいける。

共転移の度に得てしまう人の記憶に関しては、知らないふりに徹する。

どのみち、知られてしまった時点で私という存在は終わりだ。

全てを隠蔽するため、ネイルさんか母かゲイズあたりが殺そうとする。


そうなるという悲しい確信が、今の私の中には深く根付いている。

ロナモロス教はもう、それほどまで歪み切ってしまっている。

私という存在はきっと、歪み切ったこの教団の掃き溜めなんだろう。

掃き溜めだという事が判明すれば、この世界に居場所なんてなくなる。


転移できるから何だと言うのか。

たとえどこへ行こうと、行った先は全てネイルたちに把握される。

私は、この世界という名の広過ぎる鳥籠に囚われた、醜く汚い鳥だ。

囀る事も許されず、ただひたすらに汚れた翼で誰かをどこかへ運ぶ。



大っ嫌いだ。


================================


だけど


ランドレさんだけは


彼女だけは、どうしても己の心から追い出す事ができなかった。

洗脳を受けたわけでもないのに。

当たり前の平穏を奪われた彼女の、あの顔はどうしても消えはしない。


教団の中は、うすら寒い。

誰もが私の天恵を知らず、共転移の便利さを求めて仕事を振ってくる。

浅ましい考えや記憶を得るたびに、私は自分も他人も嫌になった。


だけどランドレさんは、どこまでも純粋だ。

たった一人の肉親である伯父さんの事を、心から慕っているらしい。

彼女のその感情を何と呼ぶべきか、私なんかに決められるはずもない。

彼女が望むのは、伯父のペイズド氏が快復する事だけ。ただそれだけ。

元気になった彼と、家に帰りたい。本当にそれだけを望んでいる。


今日に至るまでに、何度となく彼女を共転移であちこちに運んだ。

その度に流れ込む彼女の記憶には、新たなものが追記されていかない。


彼女の心はあの日で止まっている。

私とオレグスト、そしてエフトポの三人が訪ねていった日から。

彼女の心から流れ込む新たな記憶というものが、何もなくなった。


どうしてなのだろうか。

困惑はしかし、長く続かなかった。

理解すると同時に、悲しくなった。


あの日から今日に至るまで、彼女に心に刻むべき事柄は何もなかった。

記憶するのと心に留めるのとは別。おそらく私の共転移は、心に留めた

記憶の内容しか拾えないんだろう。そう考えれば、全て納得がいく。

私も含め、心に留めるに値しない。そんな風に思われているだけだ。


そしてそれは



当たり前の事なんだろう。



================================


ネイル・コールデンの天恵の内容を知る者は、ほんの数えるほどだ。

魔鎧屍兵の開発を、実際に担当したマッケナー氏でさえも知らない。

ここと異なる異界の知を引き込む事ができるという、神様のような力。

神とは対極に位置する彼女に、恵神ローナはそんな天恵を授けた。

一度でいいから、何故なのか訊いてみたかった。


この私の天恵も含めて。


もちろん私は、それを知っているという事実を誰にも伏せている。

共転移で知ったという事実は、もう誰にも言えない。おそらく母は、

迷う事なく私の命を切り捨てる。

恵神の怒りを怖れるとか言う割に、彼らの主張はどこまでも身勝手だ。

神に対する畏怖そのものを、根本的にはき違えているとしか思えない。


ロナモロス教を名乗る存在として、恵神を何だと思ってるのだろうか。

そこまで考えた時、思い出した。



神ではなく、魔王の存在を。


================================


何がどう「魔王」なのか。

ハッキリ言って、何も分からない。ただあのオレグストの記憶の中に、

ぽつねんと存在していた人物だ。


どこの誰かも判らないまま、ずっと忘れていた。

ランドレさんが行きたがった喫茶店で姿を見た時は、我が目を疑った。


悪いと思ったけど。

それでも衝動を抑えられなかった。

だから、一人で赴いた。

誰にも場所を知られたくなかった。だから転移は一切使わず、地道に

鉄道を使って赴いた。


正直言って、拍子抜けするほど普通の人たちだった。ごく当たり前に、

丁寧な接客とおいしいコーヒーとでもてなしてもらえた。

神託師だという女性の力も、間違いなく本物だった。宣告を受けた事を

看破するあたり、オレグストよりもはるかに高精度だった。


だけど彼女も、ごく普通の優しい人でしかなかった。


ガッカリしたわけじゃない。

けど、何かを期待していたのもまた事実だった。


あの人たちなら、今の何かを変えてくれるかも知れない。

ネイル・コールデンが成そうとする事を、止めてくれるかも知れない。

もしかすると、そんな事をぼんやり考えていたのかも知れなかった。


ガッカリしたわけじゃない。

それは絶対に言い切れる。

これで終わりじゃないから。

勝手な言い草だけど、こんなところで終わりにしたくはないから。


逃げる事も抗う事も出来ない、弱い私ではあるけど。

あのお店に自分で足を運んだという事実からは、目を背けたくない。


あの人たちに、本当に何か期待すると言うのなら。

何かをお願いしたいと本気で思う時が、いつか訪れるのなら。



その時だけは、逃げたくない。

たとえ、何が起ころうとも。

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