モリエナの隠れ家
その笑い顔に、違和感を抱いたのは俺だけではなかったはずだ。
トーリヌスさんと同様、既に宣告を受けた身でそれを頼んできた相手。
金持ちの道楽かとも思うが、どうもそういう雰囲気でもなさそうだ。
歳の頃は、俺たちと同じくらいか。雰囲気からして、自分の天恵には
割と造詣も深そうな印象を受ける。
物腰は柔らかいものの、どこかしら得体の知れないものを感じる相手。
何なんだ、このモリエナって人は。
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「失礼しました。」
落ち着いた口調でそう告げ、彼女は俺たちの顔を見回した。
「15歳になってすぐ天恵の宣告は受けていたんですが、正直その時は
ほとんど記憶に残っていなくて。」
「え…そうだったんですか?」
「ええ。大勢でしたし、何と言うか事務的に宣告されただけでした。」
「大勢…」
にわかには信じられない話だった。
今の時代、「大勢」がそんな事務的に天恵宣告を受けるという光景など
想像できない。量産できる商品とは違うのである。
いったい、どういう了見で…
「ですから、こういう風にきちんと宣告を受けてみたかったんですよ。
生涯に一度だけなんですから。」
「なるほど、そういう事ですか。」
あっさり納得するネミルの口調に、俺は何となく恥ずかしくなった。
どこか影を感じていた相手の笑い顔も、今となっては屈託がない。
…うん、考え過ぎは良くないな。
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モリエナ・パルミーゼは、いたって普通の女性だった。
ずっと無口だったから、どことなく偏見を持ってしまっていたけれど。
ネミルに天恵宣告を受けてからは、人が変わったように饒舌になった。
どうやら彼女は、神託師の血縁者を持っているらしい。だから早々に
宣告を受けたとの事だった。事情はちょっとネミルに似ているのか。
「ちなみに血縁者って誰ですか?」
「そこは秘密です。すみません。」
「あ、いえいえこちらこそ…」
話せない事もあるらしい。そこは、やはり個人の事情があるんだろう。
突っ込んで知りたいというわけでもないし、深堀りはしなかった。
反面、大いに興味を掻き立てられたのが「共転移」なる彼女の天恵だ。
かつて読んだ資料に一例だけ載っていたけど、天恵の情報としてはごく
浅く簡潔なものだった。そもそも、一例だけじゃそこまで詳しい内容は
調べ切れなかったんだろうな。
だからこそ、そういう珍しい天恵を実際に持っている人物に会う機会は
テンションが上がる。勢いのまま、あれこれと子供じみた質問を彼女に
投げてしまっていた。
「ええ。ご存じの通り、他の誰かと共に特定の場所に転移する力です。
過去に行った事のある場所に限られますが、なかなか便利ですよ。」
「へえー…!」
子供じみた声がハモってしまった。
正直言って、こういう「いかにも」な天恵能力は心に来るモノがある。
もちろん今の社会ではそんなに乱用する訳にはいかないんだろうけど、
それでも任意の場所に一瞬で行ける能力というのは実に魅力的だ。
…いや、ローナもポーニーも同様の力を持ってはいるけど、彼女の場合
「他の誰かと」という付加がある。って事は…
「ひょっとして、ちょっとだけ体験できたりしませんか?あたしも…」
「いやあ、さすがにそれはちょっと無理です。申し訳ありません。」
「ですよね~。」
少なからずガッカリしたのが口調で分かる。しかし、そこはさすがに
ネミルも食い下がらなかった。
「そういう要望聞いてたら、キリが無さそうだし…」
「いいえ、そういうわけでもないんですけどね。」
食い気味に否定したモリエナさんの声は、それまでより少し低かった。
「…実は、私が一度でも共転移した場所というのは、ある方法を使えば
特定できてしまうんです。つまり、使用履歴が残っちゃうんですよ。」
「へぇー…そうなんですか…」
俺もネミルも、何となく中途半端な言葉を口にしてしまった。一方で、
ポーニーが当然の疑問を口にする。
「それって、やっぱり残ると都合が悪いんですか?」
「知られたくない事って、やっぱり誰にでも少しはありますからね。」
そう答えたモリエナさんの浮かべる笑みに、何となく含みを感じた。
何か、他意があるのかも…と思える表情だった。
「このお店の事とか。」
「え?」
「私個人として、隠れ家的な感じでまた伺いたいんですよ。ね?」
「ああ、なるほど…」
「それは光栄です。」
妙な納得と嬉しさがあった。
隠れ家的なお店。
いい響きじゃないか。
こういう感想も、喫茶店を経営する醍醐味なのかも知れないな。
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「ごちそうさまでしたー。」
「またのお越しを!」
長居した末、モリエナさんは笑顔で帰っていった。
すっかり意気投合していたネミルとポーニーが、並んで見送る。
「何だか、珍しいお客だったな。」
「そうね。」
「また来られますかね。」
「どうだろうな。」
「共転移とは珍しいわね。」
ずっと黙って座っていたローナが、実感のこもった口調でそう言った。
「やっぱり、大いに使って旅行とか楽しんでるんでしょうかね。」
「自分だけならね。」
「…と言うと?」
「言葉のままよ。」
俺の問いに、ローナは肩をすくめて答える。
「もしどこかの組織とか団体に所属しているなら、体よくこき使われる
可能性は大いにある。だとしたら、それなりに厄介な天恵だって事。」
「…………そういうもんか。」
「ま、勝手な想像だけどね。」
そういう事もあり得るのか。
もしそうなら、彼女の言ってた事の意味も少し変わってくるだろう。
転移した場所の履歴が残ってしまうという話も、管理されているという
話に繋がり得る。
単純に羨ましいと考えられるほど、簡単な天恵ではないかも知れない。
何だか、考えさせられる話だった。
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「あら、モリエナちゃん。」
「…お疲れ様です、ネイルさん。」
「今日はまた、長いお出かけだったのね。楽しかった?」
「答えないとダメですか?」
「いいえ別に。」
そう言って、ネイルは小さな笑みを浮かべた。
「あなたも、少しは羽を伸ばしたい時があるでしょうからね。」
「…ご配慮、感謝します。」
「そうそう、ランドレちゃんがまた塞ぎ込んでるからフォローしてね。
赤の屋敷にいるから。」
「…たまには、ご自身でなさったらどうですか。」
「あたしそういうガラじゃないし。それに嫌われてるしねぇ。」
あくまで親しげ笑みを浮かべつつ、ネイルはひらひらと手を振った。
「んじゃ、よろしくね。」
「…………………………」
そのまま去るネイルの背中をじっと見つめながら、モリエナはその顔に
ほんの微かな嫌悪の色を浮かべる。が、最後まで何も言わなかった。
ガラじゃない、か。
無責任に人をかき集めながら、そのフォローは完全に人任せなのか。
自分は自分のしたい事をするだけ。それがあの女の特権なのか。
嫌いだ。
私自身と同じくらい、嫌いだ。
彼女の人となりも、大仰が過ぎる名前の天恵も。
…………………………
何が【偉大なる架け橋】だ!