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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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神託師の爺ちゃん

ルトガー・ステイニー。


街のみんなから「爺さん」と呼ばれ親しまれていた人だ。かくいう俺も

小さい頃から可愛がってもらった。学校の先生みたいな事もやってた。


もちろん本職は「天恵」を見て宣告する神託師だ。それも皆知ってる。

だけど爺ちゃんが神託師として仕事をしている姿は、とうとう最後まで

見る機会がなかった。って言うか、一度でもそれをした事あったのか、

そこからして怪しい。ただ神託師の資格自体は、国からもらった正式な

代物だと聞いている。別に疑ったりしてたわけでもない。


ただひたすら、神託師という仕事が時代遅れだった…ってだけの話だ。


当然それだけじゃ食っていけない。天恵の宣告にはかなり金がかかると

聞いていたけど、本当ならわざわざ聞きに来る奴はほぼいないだろう。

だったら副業するしかない。だから爺ちゃんは、街の何でも屋となって

色んな事を請け負っていた。手先も器用だったし、物知りでもあった。


天恵なんて聞かなくても、この街の人間は皆、爺ちゃんを慕っていた。

世話にならなかった奴なんて、ほぼいないだろう。俺は最近少しばかり

疎遠になってたけど、いつも子供が遊びに行ってたのは知ってる。


そう。

今日も、来てくれると思っていた。

俺の誕生日を祝いに。


そうか。


ルトガー爺ちゃん、死んだのか。


================================


「トラン。」

「え?…あ、ああ、うん。」


気遣わし気な母の呼びかけで、俺はハッと我に返った。どうやら少し、

呆然としてしまってたらしい。


「…そういう事なの。ゴメンね。」

「いやいいよ、分かったから。」


申し訳なさそうな母の言葉に、俺はどんな言葉を返せばいいか迷った。


事情は分かった。全て腑に落ちた。家族の態度もほぼほぼ納得できた。

ルトガー爺ちゃんが死んだってのに「おめでとう」は言い辛いだろう。

だからと言って、寝起きの俺にその話をいきなりするってのもアレだ。

気を使ってくれてたんだなと、今更思う自分がちょっと情けなかった。


だけど、俺はどんな気持ちで今日を過ごせばいいんだろうか。

主役じゃなくなったのはいいけど、気持ちの持って行き場がない状況。

あまりのタイミングの悪さに、訃報を悲しむきっかけすら逃している。

まさに宙ぶらりんって感じ。家族も似たような感じで、俺という存在を

持て余してるんだろうなと察する。


…悪いけど、恨むぜ爺ちゃん。


================================


「…じゃあ、今作ってるのは葬式の後で出す食事ってこと?」

「そう。うちでやる事になったから急いで準備してるの。まあそこそこ

大人数になりそうだからね。」

「だろうね。」


そりゃそうだ。

主だった人たちだけに限定しても、お客は軽く30人を超えるだろう。

もう俺の誕生日がどうとか言ってる場合じゃない。おそらく厨房の中は

戦争みたいな状態だ。…仕方ない、俺も気持ちを切り替えよう。


「じゃあ、着替えて朝飯済ませたら手伝うよ。それ」

「いやいやいいって!!」


食い気味に遮られた。


「さすがに今日、あなたに手伝いを求める親にはなりたくないわよ。」

「……………そうか。」


どう反応していいか、今回も迷う。

誕生日の俺に手伝いさせるってのは心苦しい。それ自体はありがたい。


だけど、それじゃあ俺は今日一日、どう過ごせばいいんだろうか。

邪魔にならないよう部屋にこもっていろとか言われたら、逆に滅入る。

かと言って、どこか出かけるという選択肢もない。だって葬式がある。

このまま過ごせば、時間も気持ちもとことん持て余してしまうだろう。

俺は一体どうすれば…


「あなたは、先にステイニーさんのお宅に行ってて。」

「え?」


俺の困惑を察したのか、母はそんな言葉を告げた。正直、予想外だ。

俺に先乗りしろってか。もしかして向こうの葬式の準備を手伝えと…?

いや、それはさすがに嫌だ。ここで料理を手伝う方が絶対にいい!


「何でだよ。」


思わず口調が不満げになったけど、母は怒ったりはしなかった。


「…ネミルちゃんが、すっかり力を落としちゃってるんですって。」

「ネミルが?」

「今日も、ルトガーさんと来るのを楽しみしてたらしいからね。」

「……そうか…。」


それを聞いて、初めて胸が痛んだ。

爺ちゃんの死に、困惑以外の感情を持てるようになった気がした。


「ルトガーさんの傍を離れないって言ってたから、あなたが先に行って

力づけてあげて。いいわね?」

「分かった。」

「いい子ね。」


頷いた俺に、母は笑ってグッと指を立ててみせた。


「さすが19歳!」

「ありがと。」


それは多分、母の精一杯の言葉だ。だから俺も笑って応えた。


「飯食ってくるから、服だけ出しておいてくれよ。」

「任せといて。じゃ急いでね。」


そう答え、母は早足で厨房の方へと向かっていった。その背を見送り、

俺は両手でパンと顔を叩く。


よし。

とんでもない誕生日になったけど、やるべき事は決まった。


考えてみれば、当たり前の話だ。

俺なんかより、爺ちゃんの実の孫のネミルの方が悲しいに決まってる。

あれだけ慕ってたんだから。


俺に励ます事が出来るか。正直自信はない。だけど行ってやりたい。

あの泣き虫の力になってやりたい。間違いなく、これは俺の役目だ。


好きな女の子を励ます。

これが俺の、19歳になって初めての大きな務めらしい。


気持ちを引き締めよう。

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