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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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誰かのためになら

時々、いやしょっちゅう思う。

天恵の名前って、どうしてこんなにクセが強いのだろうかと。


俺の「魔王」なんか、その最たる例じゃないか。

実に大仰な名前の割に、できる事と言えば悪意のある人間を操るだけ。

これだったら、バスロの女性たちの「洗脳」の方が汎用性が高い。

誰が名付けたのかと言いたくなる。少なくともローナではないらしい。

世界の成り立ちは、恵神と知り合いになった後でもよく分からない。


だけど、やっぱり確かな事がある。

どんな天恵を得ようと、人間一人にできる事なんてたかが知れてる。

魔王だろうが何だろうが、その点は誰でも変わらない。無理をすれば、

自分の人生を失うような結果にさえなり得る。


悔しいけれど、それが現実だ。



俺たちは、自分の幸せまで投げ出す覚悟は持てない。


================================


沈黙は、それまで以上に長かった。

そして、耐えがたいほど重かった。


諦めたとは思いたくない。

ローナの言葉を聞いて、自分たちの頭でそれなりに考えた結果だ。

考えれば考えるほど、確かにこの話は俺たちなんかの手には負えない。

後先考えずに深入りすれば、きっと今の生活は壊れてしまうだろう。


今までにも、何度となく天恵絡みの問題と向き合って解決してきた。

トーリヌスさんを救えたのも、まだ記憶に新しい。

だけど、今度ばかりはローナの言う通りだと思わざるを得なかった。

だからって悔しくないわけがない。ネミルやポーニーの顔を見れば、

その思いが同じなのはすぐ分かる。現実ってのは、いつも意地悪だ。


俺たちは…

……………………………………………………


「勘違いしないでよ?」



そう言ったのは、ローナだった。


================================


「…何をだよ。」

「あたしは別に、何が何でも自分の暮らしだけにしがみついて生きろと

言ってるわけじゃないからね。」

「「え?」」


意外そうなネミルとポーニーの声がハモる。俺もハモりたかった。

今さら何が言いたいんだ、恵神?


「どういう意味だよ。」

「名ばかりの神託師が多い時代に、あなたたちはルトガーさんの遺志を

誠実に受け継いで守ろうとしてる。それだけじゃない。自分たち以外の

誰かのために、自分たちの持つ力を最大限に活かして結果を求めてる。

正直言って、あたしはそういうとこ尊敬してるんだよ。」

「…………………………」


過去最大級に、リアクションに困る言葉だった。三人とも目が泳いだ。

仮にも神である存在に「尊敬」とか言われたら、どう返せばいいんだ。

しかしローナは、俺たちの困惑など意にも介さずに続ける。


「世界じゃなくて人を見ろ。あたしが言いたいのはそういう事よ。」

「世界じゃなくて…人?」

「そう。」

「それって、どういう…」

「あ、お代わりもらえる?」

「あっ、ハイただいま!」


間を抜くそのひと言に、ポーニーが呪縛から解かれたように反応する。



何と言うか、澱んでいた空気が少し動いたような気がしていた。


================================


「もう何度目か分からないけれど、あたしはこの姿でないと人間個人を

認識できない。つまり、この姿なら人間としての感覚を持てるのよ。」

「ああ、何度も聞いたよ。」

「実際にやってみると、人の視野は実に狭い。元のあたしからすれば、

信じ難いほど個々の世界は小さい。だけどその小ささこそが、人間を

人間たらしめていると思うのよ。」

「…それが?」

「あなたたちには、そういう人間としての視野を忘れて欲しくないの。

目に見るもの。耳で聞くもの。その大きさを忘れないでいてくれれば、

きっと間違わないだろうって話。」


言いながら、ローナはフッと優しい笑みを浮かべた。


「顔も知らない不特定多数とかじゃなく、特定の「誰か」のために何か

する気なら、あたしは決して止めはしない。たとえどんな難しくても、

何をもって達成なのかがはっきりと見えてるなら、反対なんかしない。

いや、むしろ喜んで手伝うよ。」

「…本気で言ってるのか?」

「ええ。だって面白そうだもん。」


あっけらかんと言い放つローナに、俺たちは何となく顔を見合わせた。

何だか、さっきまでと話が違うぞ?と言うかそもそも…


「恵神ともあろう存在が、そこまで露骨な肩入れをしていいのかよ。」

「今さらそれ言う?」


美味そうにコーヒーを味わいつつ、ローナは事もなげに切り返す。


「悪いけど、あたしには人に対する禁忌だの規則だのは存在してない。

もちろん天恵を与える際は、完全な平等をきちんと心掛けてるけどね。

気に入った人間に肩入れしようが、それで世界が崩れるわけじゃない。

あたしはあなたたちが好きだから、ギリギリまでお手伝いはするよ。」


================================


何度目かの沈黙だった。

しかしもう、そこに気まずさなどは特になかった。


ようやくローナの言いたかった事が理解できた。

そしてそれは、あらためて考えれば当たり前の事だったのである。

今までの俺たちだってそうだった。実例などいくらでも思い出せる。


王立図書館の奪還作戦に参加した時も。

「死に戻り」を食い止めた時も。


救いたかったのは、世界じゃない。

恩人のトーリヌスさんであり、また姉のディナだったんだ。

大切な人を助けたいと思ったから、あそこまで体を張ったんだった。


「…そうだったな、確かに。」

「そうだね。」

「ですね。」


己の身の丈は簡単に変えられない。限界があるのも事実だ。

だけど俺たちは、そんな中で何度も人を救ってきたはずだ。


話す間に、確信めいた予感が心の中に芽生えるのを感じていた。


そうだ。

きっとそういう機会は、これからもやって来るに違いない。

その時は大いにローナも巻き込み、俺たちなりの力を尽くせばいい。


雲の隙間から、今になって日差しが差し込んで来る。

窓の外の空が、ほんの少し明るさを増したように感じる。



そんな、忘れ得ぬ日だった。

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