恵神はかく語りき
こんな時代だ。
天恵を分かっていない人間なんて、それこそ世の大半だろうと思う。
だけど俺たちがそれを面と向かって言われるのは、さすがに少しばかり
納得いかない。それは俺もネミルもポーニーも同じだ。
今日までに、様々な天恵の持ち主とそれなりに出会ってきたのだから。
黙って頷くわけには行かない。
たとえ相手が、恵神ローナでもだ。
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「それってどういう意味ですか?」
口火を切ったのは、やっぱりネミルだった。
そりゃ当然だろう。何と言っても、現代を生きる神託師なんだから。
納得いかないのはもちろんだけど、何よりも職業意識ってものがある。
純粋な疑問として、それは今ここでハッキリさせるべき事なんだろう。
「逆に訊くけどさ。」
少し尖ったネミルの口調は特に意に介さず、ローナは訊き返した。
「天恵って、何だと思う?」
「…恵神ローナ、つまりあなたから人間に授けられる、その人だけの
特別な力じゃないんですか?」
「合ってるよ、まさにその通り。」
即答したローナが、両手を広げる。
「あたしは、15歳になった人間に等しく何かしらの「力」を授ける。
天恵ってのはただそれだけの代物。意味も意図も何もない、この世界の
理のひとつでしかないのよ。」
「意味も意図もないって…」
さすがに、その言葉は引っ掛かる。意見せずにはいられなかった。
「それを決めるのは、神たるあなたじゃないのか?」
「違うよ。あたしはあくまで恵神であって、創世神じゃないからね。」
「…………………………」
次元が違い過ぎて、何がどう違うかよく分からない。そんな俺の困惑を
察してか、ローナは苦笑した。
「前に言ったと思うけど、あたしもこの世界の一部でしかない。外から
俯瞰する超越的な存在じゃないし、天恵を授ける任を果たしてるだけ。
もっと上がいるって話じゃなくて、単にそういう成り立ちなのよ。」
「…そうなんですか。」
複雑な表情を浮かべつつポーニーが呟く。さすがの彼女も理解の外か。
でも、何となくその理は分かった。
「だけど、その話と今の状況と何の関係があるんだよ。」
「あなたたちはつまり、天恵を悪用する連中を止めたいんでしょ?」
「…ええ、そうです。」
「そこがそもそも違うのよ。」
「違うって、何が…」
「天恵の悪用って言葉自体がね。」
語るローナの口調に、ふざけている気配は一切なかった。
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「ネミル。」
「えっ、はい?」
「神託師になったんなら知ってると思うけど。」
「…何でしょうか。」
「この世界には、どう考えても人を傷つけたり殺したりするためだけの
天恵が存在するわよね。」
「ええ、確かに。」
訝しげにネミルが頷く。その事実は俺も知ってる。読み込んだ資料にも
過去の実例が数多く出てきたっけ。
「それを得た人間が、気に入らない誰かをその天恵で殺したとしたら。
それは悪用したって事になるの?」
「えっ」
問われたネミルの視線が泳いだ。
「それは…そうとも言い切れないと思うけど…」
「そう。悪用でも何でもない。ただ単に授かった力を使ったってだけ。
天恵ってのはそういうものなのよ。人間社会の常識や道徳で定義できる
代物じゃないって事。」
言いながら、ローナはふと遠い目になった。
「授けた天恵を、嘘で歪める事だけは許せない。だから200年前に、
一度だけ人間たちに苦言を呈した。それは知ってるでしょ?」
「デイ・オブ・ローナだよな。」
「そう。でもあんなの一度きりよ。それで勝手にあたしを怖れて天恵の
宣告が廃れたって、知ったこっちゃない。あたしはずうっと変わらず、
授け続けていた。得た人間たちが、それを使ってどんな事をしようと
別にかまわない。嘘さえ言わなきゃどうでもよかったのよ。」
「…………………………」
言われてみれば、天恵宣告の衰退は人間たちの独りよがりなんだろう。
恵神の存在が明らかになったという事実だけで、200年前の人たちは
過剰に委縮してしまったって事だ。ローナからすればくだらない話。
「じゃ、嘘の宣告さえしなければ、何をしてもいいという事ですか。」
「そう。それが天恵の正しい在り方なのよ。少なくともあたしには。」
ネミルの問いに答えるローナには、迷いも躊躇いも一切なかった。
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「…それじゃあ、ウルスケスの事も首を突っ込むなと?」
「そう。」
「オレグストやロナモロス教と結託して、何かをしているとしても?」
「直接あなたたちに関わらない話であれば、黙ってるべきだと思う。」
「…………………………」
返す言葉に詰まったのは俺だけじゃない。ネミルもポーニーも同じだ。
あまりにも、納得からほど遠い話と思った。思ったからこそ、簡単には
返答できなかった。
「たとえ鑑定眼だろうが魔核の生成だろうが、それは立派な天恵よ。
彼らなりに活用すると言うのなら、それ自体を否定すべきじゃない。」
「俺たちはこの世界の中で生きてる人間なんだぞ。」
思わず口調が激しくなった。
「見過ごす事で不幸になる人がいるなら、やるべきじゃないのかと思」
「それが矛盾なんだよ。」
俺の言葉を遮るローナの口調には、抗えない強さがあった。
「人間だと言いつつ、あんたたちのやろうとしてる事は神様のマネ事。
悪いけど、それは看過できない。」
「…………………………」
俺たち三人は、グッと黙り込む。
目の前にいるローナが放った圧は、まさに神のそれだった。