俺たちの覚悟そして
翌日。
俺は店を臨時休業にした。
ネミルもポーニーも、休んだ理由はそれなりに察してくれていた。
正直に言って、こんな釈然としない気持ちのままでは接客はできない。
俺自身の覚悟も含めて、今の状況をきちんと受け止めたかった。
「なあにお休み?」
いつも通りやって来たローナだけを迎え入れ、休みの札を掛け直す。
やはり、彼女抜きでというわけには行かない…と思ったからだった。
「コーヒーって出るの?」
「あ、それはご心配なく。」
いつもの席でいつもの注文を述べるローナに、ポーニーがせかせかと
コーヒーを淹れる準備をする。
今日は、どんよりと曇り空だった。
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「やっぱ、昨日のあの子の言ってた話が気になってるんだ。」
「ああ、その通りだ。」
マイペースであるものの、さすがにローナもそのあたりは察している。
昨夜の時点でネミルには「休む」としか言ってなかったが、同じように
察した様子だった。
「俺たちはただここで商売をしてるだけの身だけど、何だかんだ情報が
入ってくるのも事実だ。もちろん、ネミルが神託師だからだろうな。」
「まあ、そうだろうね。」
「今の時代なら尚更でしょうね。」
ネミルとポーニーがあっさり同意を示した。
正直、店を始めた頃はここまで天恵関連が広がるとは思わなかった。
危ない目にも遭ったし、思いがけず貴重な出会いなども経験してきた。
手探りだったこの店で、俺とネミルの生き方はかなり変わったと思う。
そんな中で最近、黙過できない話が多くなってきたのは事実だ。
おそらく、ロナンと一緒にお祭りに行った頃から潮目が変わってきた。
ランドレ・バスロのような直接的な事件が起こるわけではないにせよ、
俺たちの知らないどこかで何かしら陰謀のようなものが蠢いている。
見聞だけでなく、肌の感覚でもその脅威は少しずつ感じ取れている。
「神託師の連続殺人事件にしても、俺たちは最低限の協力をしただけ。
結果的にまだ解決に至ってない。」
「それは仕方ないじゃない。」
食い気味にネミルがそう言った。
「あれ以上首を突っ込んでいたら、あたしたちに疑いが向いてたし。」
「それは...そうなんだけどな。」
確かにネミルの言う通りだ。
ましてやあの事件は、何か起こっていると思った時には既に手遅れに
なっていた。後から俺たちが色々と悔いても、仕方のない状況だった。
もちろんそれは分かっている。
だからこそ、だ。
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「ジューザーの街の件は、おそらくあれで終わる話じゃない。」
口に出す事で確信が持てた。
そう、それは間違いないだろう。
「ウルスケスって子が関与しているとすれば、きっとロナモロス教だ。
仮定の話になるけど、どうにかして止めないとまた何かが起こるぞ。」
「でしょうね。」
そう答えたネミルが、重く頷く。
「魔獣を使ったにせよそうじゃないにせよ、彼女の家族が殺されたのが
最終目的じゃないのは想像できる。もしかしたら、ついでだったのかも
知れないし。」
「ついで…ですか。」
「いや、分かんないけどね。」
ポーニーには言葉を濁したものの、ネミルの言わんとする事は分かる。
魔核を生み出すウルスケスの天恵が覚醒したばかりなら、今回の襲撃は
もしかしたら力のお披露目だったのかも…という仮定が成り立つのだ。
だとすれば、妙に人的被害が少なく終わったのも納得できる。
あくまでも仮定ではある。しかし、もはや看過できる域を超えている。
だったら、向き合う価値はある。
「手がかりが何もないってわけじゃない。どこかから手繰る事自体は
可能なはずだ。それなら、俺たちに出来る事を少しずつでもしたい。」
「…うん。」
「これ以上、不毛な暴力とか破壊の連鎖は止めたいところですよね。」
やっぱり、ネミルとポーニーは俺の気持ちをそれなりに酌んでくれる。
だったら、迷いは断ち切るべきだ。
「ああそうだ。これ以上、悪い事が続かないように何か手を打っ」
「やめときな、トラン。」
ローナの言葉は、唐突だった。
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「…何でだ?」
ずっと黙っていたローナの言葉に、俺は返す声が尖るのを自覚した。
冷や水を浴びせるようなひと言が、どうにも癇に障った。
「何でやめろと言うんだよ。」
「神様のマネ事なんて、ロクな事にならないからだよ。」
「…………………………」
それを神が言うのかと、ツッコミの言葉は放つ気になれなかった。
俺はローナを見損なっていたのかという思いが、胸にとぐろを巻いた。
もちろん、納得なんかできない。
「…あたしたちの言ってる事って、そんなに変ですか?」
そう問うネミルの声も尖っていた。
「大勢の人が、あたしたちが見聞きした何かで傷付くのかも知れない。
それを止めたいって思う気持ちが、そんなに受け入れ難いですか?」
「いいや、そんな事は言わない。」
事もなげに答えたローナは、小さく肩をすくめた。
「立派だと思うよ。自分たち以外の誰かのために骨を折ろうなんてね。
そんな心自体を否定はしない。」
「だったら、正しい事をしたいと」
「そうじゃないのよ。」
食い気味にネミルの言葉を遮ると、ローナはコーヒーの残りを飲み干し
そっとカップを置いた。そうして、あらためて居住まいを正す。
「あたしが言いたいのは、もう少し根本的な事。」
「根本的…?」
その言葉を恵神が口にすると、重みがまるで違う。
何が根本的なのか。
俺たち三人は、彼女の次のひと言を黙って待った。
永い永い、数秒の沈黙ののち。
「あなたたちは、天恵というものがまだ分かってないのよ。」
放たれたその言葉はあまりに重く。
確かに、根本に関わっていた。