ウルスケスの行方は
「じゃあ大変だったんですね。」
その日の夜。
少し灯りを落とした店に帰ってきたポーニーが、テーブルに置かれた
魔核を見ながら言った。
「で、その消息不明の子が…これを天恵で生成したと?」
「確証はないけど、そう考えるのが一番しっくり来るんだよな。」
答える俺も、半ば以上そうだろうと思っている。いくら何でも、条件が
揃い過ぎているからだ。
レンネ・ヘーゼルは、ルームメイトだったウルスケス・ヘイリーから
この魔核を受け取っていた。それをずっと肌身離さず持っていた結果、
魔力の影響を受けて発作を起こしたらしい。
「影響は少しずつ受けていたと思うけど、発作の引き金になったのは
多分「魔王」の天恵よ。」
「…………………………」
何とも反応しづらい話だった。
ローナが言うんだから、おそらくは間違いないんだろう。あの子の体に
まとわりついた魔力が、あっさりと俺に吸収されたのも実際に見た。
別にあの後、俺自身に何かの変調があったわけでもない。だとすれば、
魔核の魔力が俺の天恵に反応した、という話も一応は理解できる。
納得できるかどうかは別問題だが。
なんにしても、今この時代に魔力の塊なんかを手に入れる術はない。
あるとすればただ一つ。実際にその塊を作り出せる天恵の覚醒だけだ。
単なる学生でしかないウルスケスが魔核を持っていた理由など、もはや
天恵以外にありえないだろう。もしそうなら、色々な仮定も成り立つ。
ハッキリ言って、嫌な仮定が。
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ジューザーの街の事件は、明らかに普通でない何かによる襲撃だった。
断片的なニュースの情報からでも、その事はかなり確信できる。では、
実際にあの街を襲撃したのは一体、何だったのだろうか。
「まあ、可能性で考えれば魔獣って事になるんだけどね。」
「魔獣ってどういうものですか?」
「魔力で変異した生き物よ。昔は、けっこう頻繁に現れてた。」
ポーニーの問いに答えつつ、ローナはテーブルの魔核を指で転がした。
「この純度の魔核なら、何かしらの生き物に食べさせれば変異するよ。
例えばネズミとか犬とかね。」
「変異か…」
思わず俺はうめいた。
レンネの豹変ぶりを思えば、これを直接食べて体に取り込んだ生き物が
どうなるのかの想像は難しくない。いや想像以上に凶暴化するだろう。
しかし、そこには疑問が残る。
「ウルスケスは、レンネと同い年の女の子のはずだ。」
「それが?」
「仮に魔核で魔獣を作れるとして、そんなのを自在に操るなんてマネが
独りでできるのか?」
「…確かにそうですね。」
ポーニーが納得顔で頷いた。
引っ掛かるのはその点だ。
ジューザーの街では、大勢の人間が怪我をした。しかしそれは襲撃者に
直接襲われたからではなく、逃げる途中で転んだりした結果の負傷だ。
街の破壊の規模に反して、負傷者の数は不自然なほどに少ないらしい。
明らかに何かしら手心が加えられた中で、ウルスケスの両親と兄だけが
殺されてしまったらしい。
ハッキリ言って、違和感しかない。
そもそも、家屋を半壊させるほどの魔獣を、そんな簡単に作れるのか。
大型の獣を変異させるなら可能かも知れないけど、そういった生き物は
見つけるのも入手するのも管理するのも簡単ではないだろう。とても、
一人の女の子には手に負えない。
さらに言うなら、あの規模の襲撃をコントロールするのも大変だろう。
魔獣が本当に従順な性質なら何とかなるかも知れないけど、ローナから
聞いた限りではそこまで繊細だとは思えない。やはり現実味に欠ける。
ウルスケス・ヘイリーがこの事件の首謀者だとしても、彼女の背後には
別の誰かがいるはずだ。でないと、どこを切り取っても違和感が残る。
「でもそうすると、やっぱり…」
「そうだよな。」
ネミルの言いたい事は分かった。
と言うか、俺もまさに同じ可能性について考えていたのだ。
オレグスト・ヘイネマン。
まったくの偶然だったけど、あの男がピアズリム学園を訪問した事実は
認識されている。ただ単に訪れたというわけではなく、外部教員と共に
食事をしていた目撃談もある。更に言えば、その時に女子学生が一緒に
いた、ともロナンは言っていた。
考え過ぎと言われれはそれまでだ。
しかし実際のところ、ウルスケスが彼らの許に行ったと考えればかなり
辻褄が合う。消息不明のタイミングを鑑みても、あり得なくはない。
学校を去る直前に、魔核をレンネに初めて託したのだとすれば。
その時に初めて天恵宣告を誰かしら神託師から受けたのかも知れない。
もしオレグストが神託師殺害の犯人たちと結託していたと考えるなら、
ウルスケスに入れ知恵したのは多分彼らという事になるだろう。
前に考えた仮定と変わらないけど、やっぱりオレグストが引っかかる。
彼があの祭りの後に何をしたかで、全ての可能性が変わってくる。
ドルナさんの見立てを信じるなら、オレグストがピアズリム学園にて
話したのはロナモロス教の人間だ。更にそこに行方不明のウルスケスが
いたとすれば、今回の事件が教団の仕業という仮定が成り立つだろう。
そんなに飛躍もしていないはずだ。
「他人の天恵を覗き見られるのも、魔核を生成できるのも。」
誰にともなく言いながら、俺は手を握り締めてじっと視線を注ぐ。
「それだけじゃ、たかが知れてる。だからこんな事になってるんだ。
結託したんだと考える方がいい。」
「だろうね。」
「ですよね。」
「でしょうね。」
ネミル達も、俺の見解に同意した。
確かな事は何も言えない。しかし、今回の事件はピースが揃い過ぎた。
俺たちが断片的に耳にした情報が、時間をかけて形を成している。
結果、人が死ぬ事態にまでなった。
俺たちに、何が出来るだろうか。