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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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置き土産の功罪

俺たちの住む世界は、かつて魔物と呼ばれる存在が支配していた。

と言ってもそれは有史以前の話だ。色々その痕跡は遺っているものの、

現代でも実存しているかについてはかなり怪しい。個人的に言うなら、

ちょっと見てみたい気もするけど。


前にローナに言われた事がある。


「ま、2000年くらい前だったら「魔王」の天恵は世界を支配できる

絶対の力だったろうけどね。今じゃ魔に属する存在がほとんどいない。

完全な時代遅れよ。」


哀れむような口調ではなかったし、俺自身も全然残念じゃなかった。

そういうもんなのか…という感覚で聞き流し、翌日には忘れていた。

俺の職業は喫茶店店主だ。この世界を支配したいなんて考えていない。

魔王って天恵が時代遅れなら、まあそれでいいだろうと思っている。

俺は魔力なんて使えないし、本当に魔王になりたいとも思っていない。


世界のどこかに、魔力を身に宿した何かが今でも生存していても。

ハッキリ言って、俺たちにとってははるか昔の伝説でしかなかった。



ついさっきまでは。


================================


「やっぱり白だよ。間違いない。」

「そうか。」


今なお意識を失っているレンネを、あらためてネミルが確認する。

予想通り、彼女がまとっていたあの魔力は、本人の力ではないらしい。

ずっと「魔王」で確認しているが、さらに湧き上がる気配などもない。


これは、俺たちを狙った罠の類ではない。罠にしては間抜け過ぎるし、

どう考えても目的が見えない。だとすれば、レンネが豹変した原因は

探りようがなかった。


しばしの沈黙ののち。


「…ん?」


脈などを見ておこうかと歩み寄った俺は、妙な気配をレンネに感じた。

いや、正確に言うと彼女にではなく彼女の持ち物に、だ。

椅子の上に置かれているカバンの、肩紐の付け根辺りに何かがある。

近付いてよく見れば、それは小さな革製のホルダーだった。迷わず掴み

鞄からむしり取る。手にした事で、確信めいたものが生まれた。


「ちょっ、何してるの?」

「勝手に取るのは…」


慌てるネミルとドルナさんには特に答えず、隣のテーブルで開けた袋を

逆さにする。コンという音と共に、赤黒い小さな結晶が転がり出た。

熱を持っているわけでも、禍々しい瘴気を発散しているわけでもない。

しかし、ただの石でないという事は判った。少なくとも、俺には。


「…何これ?」

「分からん。」


しげしげと覗き込むネミルの問いに対し、そう答えるしかなかった。

実際これが何なのか、俺には見当もつかない。そこにあるという事実を

感覚で捉えただけだ。更に言えば、来店直後はまったく気付かなった。

一体どういう…


「珍しい。これは「魔核」だね。」



確信めいた口調でそう言ったのは、やっぱりローナだった。


================================


「魔核?」

「何ですかそれ?」

「魔力の塊よ。」


俺とネミルの問いに対し、ローナは事もなげに答えた。


「魔力の塊って…」


さらっととんでもない事言うよな。正直、ついて行くのが大変だ。


「つまり、魔物が落としたのを彼女が拾った…とかですか?」

「いいえ。」


ドルナさんの問いに首を横に振り、ローナがその結晶を手に取った。


「人間がその生命力を形にできないのと同じで、魔物も自分の魔力を

こんな風に取り出す事はできない。多分、これは人間が作ったものよ。

そういう天恵を使ってね。」

「え?」

「人間が作ったって、まさか…」


レンネが作ったのかという仮定は、口に出す前に心の中で打ち消した。

二度も確認したネミルが、はっきり「白」であると断言してるんだ。

レンネが天恵に覚醒しているという仮定は成り立たないだろう。なら、

誰かからもらったと考えるべきだ。


いや、それより何より。

今はもっと早急に確認すべき事が、目の前にある。


「なあローナ。」

「うん?」

「さっきのレンネの発作は、それが原因なのか?」

「まず間違いないだろうね。」



ローナの答えは、呆気なかった。


================================


ほどなく、レンネは目を覚ました。

憑き物が落ちたかのようなその顔を見て、俺たちは安堵した。

落ち着いたのを確かめてから、あの魔核を誰から受け取ったか訊いた。

予想はしていたけど、それを彼女に渡したのは元ルームメイトだった。


名前はウルスケス・ヘイリー。

聞くところによると、学費の滞納で放校処分になったらしい。

状況が状況だけに、警察にもかなり彼女の事をしつこく訊かれたとか。


どうして魔核を渡さなかったのかについては、あえて訊かなかった。

俺たちなんかに納得できる説明を、今の彼女に求めるのは酷だからだ。

彼女がウルスケスの友だちだったとすれば、察しろという話である。


「…何となく楽になりました。」


そう言うレンネは、発作についてはほとんど憶えていなかった。

疲れがたまっていたんだよ、というドルナさんの言葉に、本人も割と

あっさり納得の意を示していた。

俺たちも、あえて詳しい経緯などを彼女に話すのは控える事にした。


ただし、魔核は没収した。

永く携行していると有害と説明し、こちらで預かる事にした。

嘘ではないし、もし有害でなくとも彼女が持っているのは危険だろう。

ネミルが神託師であるという事実も踏まえて、レンネは俺たちに魔核を

託す事に承諾してくれた。


「どういう物かハッキリするなら、その方がいいと思います。」


何か、危険な予感などを感じていたのかも知れない。



魔核を手放したレンネは、何となくホッとしたような顔をしていた。


================================


「それじゃあ、また。」


チリリン。


挨拶の言葉を残し、ドルナさんたち二人は帰っていった。

その背を見送り、俺とネミルはほぼ同時にため息をつく。


「何か厄介な事になってるわね。」


相変わらず平常通りの口調で呟く、ローナの言葉がいつもより重い。

さて、どうするべきだろうか。



考えるのが、少し怖かった。

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