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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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戻れない道を

その日。


ジューザーの街に満ち満ちていた、いつも通りの夜の空気は絶たれた。

どこからともなく響いてきた轟音と地響きに、人々が気付いた時には

既に遅かった。


コエモナ・ヘイリーは、自室で酒を飲んでいた。

シオネ・ヘイリーは女友達と電話を楽しんでいた。

彼らの長男、カントロノ・ヘイリーは自室で成年雑誌を読んでいた。


ヘイリー家の当たり前の気だるい夜を砕いたのは、鈍重な一撃だった。

通りと反対側の壁が一撃で崩され、開いた大穴から何か巨大な黒い影が

家の中に足を踏み入れた。もっとも近くにいたシオネは、崩れた壁片に

足を挟まれて動けなかった。電話の向こうの女友達の声も、ガラガラと

壁が崩れる音に掻き消された。


「な、何だッ!?」

「母さん!?」


あわてて駆け込んできたコエモナとカントロノも、目の前に立つ巨躯に

身を竦ませた。顔らしきものはないものの、相手は明らかに自分たちを

捕捉している。うかつに動けない。もちろん、シオネを助けに行く事も

ままならなかった。


気付けば、外からもひっきりなしに悲鳴や爆発音などが聞こえてくる。

目の前の怪物は、これ1体だけではないという事だろうか。


恐怖に満ちた、数秒の沈黙ののち。


「ただいまって言い方は変か。」


なおも動かない怪物のすぐ後ろから聞こえたのは



あまりに憶えのある声だった。


================================


「うわー、いい電話買ったのね。」


ガラガラと細かな破片を踏みつつ、現れた少女。

その姿を目の当たりにした3人は、揃って顔を歪ませる。


「…お前、ウルスケスか。」

「そう。久し振りね父さん。いや、コエモナさん。」

「ほ、本当にあんたなの?」

「もう声も顔も忘れてた?母さん。いや、シオネさん。」


黒い服に身を包む少女―ウルスケスは、大げさな仕草で肩をすくめた。


「まあ無理もないか。何と言ってもあたしだもんね。忘れられても…」

「何なんだよお前はァ!!」


絶叫と共に跳びかかったカントロノが、いつの間にか手にしていた棒を

ウルスケスの頭目掛け振り下ろす。ウルスケスは動こうとしなかった。

刹那。


ガン!!


細い棒で殴るのとは根本的に違う、鈍い衝突音が響く。コンマ数秒後、

反対側の壁に叩き付けられたのは、奇妙な角度に曲がったカントロノの

体だった。だらりと下がった頭は、体と完全に反対向きになっている。


一瞬で、彼は骸になり果てていた。


「あーあ。」


それを目にしたウルスケスが小さなため息をつく。


「気の毒な兄さん。」

「…お…お前…」

「何て事を…!!」

「何、あたしが何かした感じ?」


引きつった声を上げる両親に対し、ウルスケスは怪訝そうな声を返す。


「今のは、この子に組み込まれてた自動反撃プログラムよ。要するに、

殴ってきたから応戦したってだけ。あたしのせいにされても困るなあ。

ほっといたら殴り殺されてたし。」

「……………………!!」


惨死した兄を前に平然と正論を騙る娘に、二人は揃って言葉を失くす。

ウルスケスはあくまで正気であり、そして狂気に染まっていた。

なおも外では悲鳴が聞こえ、誰かが走る音がひっきりなしに重なる。

誰もこの家には気を向けない。いや向ける余裕がないのだろうか。


「奨学金を使い込んだよね?」

「えっ」

「それは…」


突然そんな話を振られ、コエモナは言葉に詰まった。


「あたしがここにこうして立ってる遠因はそこにある。それをしなきゃ

少なくともあたしは、こんな形での帰省なんかしなかったと思うよ。」

「…そ、そんな事のために実の親を殺す気なの!?」

「そんな事?」


シオネの言葉に、ウルスケスは少し眉をひそめる。


「…まあ、確かにそんな事だよね。原因としては大した事じゃないと、

あたし自身も思う。だけどね。」


そこでウルスケスは声を低くした。


「あたしを変えたのはそんな事よ。それがあったから生きる道を失い、

興味もなかった自分の天恵を知って宣告を受けるに至った。何もかも、

元をただせばあなたたちが奨学金を勝手に使い込んだ事に帰結する。」

「そんな無茶な…」

「あたしは事実を言ってるだけ。」


返す言葉は氷のように冷たかった。


================================


「だいぶ騒がしくなったね。」


外からの悲鳴や轟音を受け、淡々とした口調でウルスケスが告げる。


「あ、心配しなくても外で殺戮とかそんな事はやってないよ。ただ単に

暴れてるだけ。人を傷つけるような指示は出してない。」

「それは…」

「もちろん、あんたたち以外という設定でね。」

「………………………ッ!!」


コエモナは、酔いの覚めた真っ青な顔を歪ませていた。そこにあるのは

怒りか怖れか、あるいはその両方を雑に混ぜた激情なのか。

しかし彼の顔を見据えるウルスケスの目に、感情らしい感情の気配など

微塵も感じられなかった。


しばしの、張り詰めた沈黙ののち。


「あたしはこういう選択をした。」


両親の顔を見比べつつ、ウルスケスはゆっくりと告げる。


「恨みも憎しみも悔いも含めてね。どのみちあたしの道は決まってる。

だったらいっそ、ここで過去を全て清算するのもいいかと思ってね。」

「ウルスケス!!」

「名前だけは憶えてたんだね。」


母の絶叫も、彼女にとっては小さな嘆息のきっかけに過ぎなかった。

やがて彼女は、彫像のように傍らに立つ魔鎧屍兵に向き直って告げる。


「いいよ、やっちゃって。」



最後の宣告は、呆気なかった。


================================


その日。


ジューザーの街を襲撃した謎の存在は、「黒い影人形」と呼ばれた。

あまりに容赦のない破壊の爪痕は、国中の人間を戦慄させた。

「ジューザーの災禍」と呼ばれる、この夜の犠牲者は三人だけだった。

コエモナ・ヘイリーと彼の妻であるシオネ・ヘイリー。そして長男の

カントロノ・ヘイリー。明らかに、彼らだけが意図的に殺されていた。


誰が何のために。

そしてもうひとつ。


行方不明になっている長女はどこにいるのか。

そしてこの事件を知っているのか。



ウルスケス・ヘイリーという長女の行方は、誰にも分からなかった。

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