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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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ジューザーの惨劇

その日。


製紙業で知られる街ジューザーが、日暮れと共に炎に包まれた。

何者かに襲撃された事だけは明らかだった。しかし、それが具体的に

何を意図しての襲撃なのかは誰にも判らなかった。


そもそもこの街は、交通の要衝でもなければ軍事施設なども特にない。

際立って人口が多いわけでもない。要するに、ごく普通の産業都市だ。

むしろ少し時代遅れ気味でもある。どこをどう取っても、大規模襲撃を

受けるいわれがなかったのである。



ただ一人を除いて。


================================


そもそも、襲撃者は何者なのか。

誰なのかという以前に「何なのか」という疑問を抱きつつ、住民たちは

我先にと逃げ回った。家々が燃え、そして崩れ落ちる。破壊の連鎖は、

あまりに速くそして一方的だった。


「と、とにかく川に向かえ…!」


誰からともなくの提案に、逃げ惑う住民たちが雪崩を打って同調する。


製紙業が盛んなだけに、ここの街は大きな河川と河原には事欠かない。

見通しがほとんど利かない状況で、少なくとも火に巻かれる事態だけは

避けられる。そんな思いに縋って、人々は我先にと河原に殺到した。

押し合いへし合いの中で、負傷者も次々に発生する。しかし、どうにか

人々は河原に身を寄せ合ってひと息入れる事ができた。


「おおい、大丈夫か…!?」

「こっちー!」


乏しい灯りを頼りに、互いの無事を確認し合う声が響く。その一方で、

街の方の火の手はそれほど広がらず収束しつつあった。


「…何なの、一体?」


最初の恐慌が収まると共に、人々の間に新たな怖れと疑念が生まれる。

どうやら、騒ぎの規模の割に負傷者の数は大した事ないらしい。いや、

むしろ負傷した者も行方が知れない者も不自然なほど少ない。


一体、この騒ぎの目的は何なのか。

まるで住民を街から遠ざける事こそ本懐とでも言うように、人的被害が

ほとんど出ていない。しかし一方、破壊の瞬間は大勢が目撃している。


「…何か、鎧をまとう巨人みたいな影が駆け抜けていくのを見た。」

「大きくて真っ黒の影が、係留所の建物を破壊していた。」

「機械が動くような音を聞いた。」


未知は無限の疑念と恐怖を生む。

そんな恐怖から距離を取るために、人々は自分の見聞を言い合った。

どれもこれも信じ難い内容ながら、聞き集めると奇妙な統一感がある。

少なくとも証言の内容には、明らかな嘘が混じっている気配がない。


異様で巨大な影が突如現れ、街中を駆け抜けながら破壊を繰り返した。


何人もの証言に共通しているのは、その点ただ一つだった。巨大な影が

何なのかは皆目分からない。醜悪な獣だったという者もいれば、機械で

できていた!と譲らない者もいる。いずれにしても確証はない。ただ、

そういう異様なものが暴れたのだと考えれば、とても人によるものとは

思えない破壊の連鎖も納得できる。その納得が少しの安堵をもたらす。


「もしかして、天恵で生み出された新兵器か何かじゃないのか?」


そんな声も何度か上がったものの、場に集う者はそれを信じなかった。

確かにそんな可能性も無くはない。事実、そうやって「異界の知」から

創られた革新的な技術も存在する。時代が時代ならあり得る話だろう。


しかし天恵宣告が廃れた現代では、そんなものを生み出すという考えに

リアリティが見出せない。どれほど特殊な天恵だったとしても、ここで

暴れたのは間違いなく「現実に存在している何か」だ。想像の産物とか

そういった類のものではない。なら一体、どうやって作られたのか。


ここで言う「どうやって」は、技術的な意味ではない。誰がどうやって

そんな大掛かりなものを創る財力を持ち得たのか、という意味だ。

もちろん、そういう物好きな企業や富豪が存在している可能性はある。

今後の世界に問うための、いわゆるデモンストレーションだったという

仮定も、今なら立てられるだろう。


しかし、とするとまた新たな疑問が生じてくる。


革新的な何かを作って試験運用した結果がこの破壊行為だと言うなら、

一体誰に見せるためのものなのか。こんな田舎街で、しかも夕暮れだ。

観戦する者がいたとしても、およそまともに見る事はできないだろう。

ただ街が大騒ぎになり、住民たちが右往左往していたただけである。

どう考えても、生産的な目的というものが微塵も感じ取れない。また、

交通の便の悪さや人口などを考慮に入れたとしても、無差別な攻撃の

対象にはやっぱりなり得ない。


わざわざその「何か」がこの街まで来た以上、きっとその目的の一端は

街の中の何か、あるいは誰かの中に存在しているはずだ。


「…誰か、いなくなった奴は?」


誰かがそんな問いを呟いたものの、この状況下で答える者などいない。

まだまだ大混乱しているし、夜明けまで時間がある。朝にならないと、

具体的に調べる事さえも不可能だ。要するに、夜明けまでここでじっと

息を殺しているしかないのである。


そんな無言の意思統一が成されて、皆は少し押し黙った。幸いな事に、

その何かがここに来る気配はない。あるいはもう去ったのだろうか。

いずれにせよ、人的被害がないなら深入りしない方がいいだろう。

その考えは、間違いではなかった。今の時点ではむしろ最善だった。

場に集ったほとんどの者にとって、それは賢明かつ堅実な判断だった。



しかし、皆は気付かなかった。

この場にいない一家の存在を。

彼らこそ、襲撃者たちの「標的」であったという現実を。


夜の深さと上がる炎のコントラストが、あまりに強烈な印象を残す。



誰にとっても不吉な夜だった。

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