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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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堕ちる覚悟を

「せ、先生…」

「その呼び方はもうやめな。」

「え?」


いつもとは少し違う砕けた口調に、あたしは違う意味で困惑した。


何だろう、この感じ。

マッケナー先生は、あたしが学校を退学になって以降も、「先生」的な

立場を保っていた。お互い、それが心地よかったからかも知れない。

けど今、先生は先生と呼ばれる事を自分から拒んだ。どうしてだろう。

用済みと判断されるかも…といった不安は、いつしか引っ込んでいた。

今あたしの中にあるのは、目の前の「先生」に対する困惑だけだった。


「どうしてですか?」

「1週間後、ピアズリムの外部教員登録の更新期限が来るんだよ。」

「えっ」

「ちょうどいい機会だと思ってな。俺にとっての潮時だよ。」

「ちょうどいい機会って…」


常に先生と呼びつつ、あたしはもうピアズリム学園の事を忘れていた。

放校処分になってまだそんなに時は経ってないけど、その間あまりにも

色々とあり過ぎたのが原因だろう。正直、学校はただの過去の一片だ。


だけどマッケナー先生は、あたしをこのロナモロス教に引き入れた後も

外部教員として勤務し続けていた。ここで魔鎧屍兵の開発を進めつつ、

ちゃんと先生もやってたのである。よくやるなぁといつも思っていた。

だけど、それを潮時と言うのなら…


「学校を辞めるって事ですか?」

「登録の更新をしないだけだ。まあ辞めるのと同じだけどな。」


そう言って、先生はニッと笑った。


「半端な時期に辞めたら、何かしら疑念が残る。そういう意味で言えば

ちょうどいいって事だよ。」

「……なるほど。」


確かに納得はできる。だけど正直、この人が迷いなく教職を捨てるのは

予想していなかった。何と言うか、ごく普通に「いい先生」だったし。

でもこの言い方からすると、遅かれ早かれ辞めるのは決まってたのか。


「辞めてどうするんですか?」

「こっちの道を突き進むだけだ。」


ゴンゴンと魔鎧屍兵の装甲を叩き、先生は即答を返した。


「ネイル・コールデンから異界の知としてこれの概要を見せられた時、

俺は乗っかる道を選んだ。つまり、後戻りのできない道をな。」

「…………………………」


言わんとするところは何となく理解できる。それと同時に、さっきとは

違う意味で背筋が寒くなった。手に汗がじっとりと滲むのを感じる。


先生呼びを拒むと同時に、この人はあたしに何かを開示する気だ。



おそらく、後戻りできない何かを。


================================


「魔鎧屍兵の中には、人間の遺体の一部が封入されている。」

「それって、やっぱり本当の事なんですか。」

「こんなタチの悪い嘘つくかよ。」


砕けた口調で言いつつ、先生の目は真剣だった。


「中に人間が乗れる構造にもできるが、その構造だと機動性も持続性も

大幅に落ちる。何より、操作できるようになるまでに時間がかかる。」

「だからそっちを選んだ、と?」

「もちろんネイルの意向だ。だが、それを承諾したのが俺だというのも

また事実なんだよ。」


もう開き直っているのか、語る口調に迷いの響きはなかった。


「遺体はこっちで用意する。だから心配するなとネイルは俺に言った。

その言葉を受け入れ、俺はあいつが用意した遺体を迷わず組み込んだ。

入手経路も訊かなかった。訊けば、気持ちが鈍ると分かってたからだ。

余計な事は考えず、俺は魔鎧屍兵を完成まで漕ぎつけたんだよ。」

「そういう意味ですか、先生の…」


そこであたしは、言葉を切った。


「マッケナーさんの潮時って。」

「ああ、そういう意味だよ。」


頷いたマッケナーさんは、何となく嬉しそうな笑みをあたしに向ける。

だけどあたしは、その顔に今までは気付かなかった何かを感じた。



この人が、己の探究心と引き換えに壊してしまった心の片鱗を。


================================


「魔獣はあきらめたんだよな?」

「え?…あ、はい。」


意外な事を訊かれて少し戸惑った。


「何しろ制御が利かなくて。危ない目にも遭いましたし。」

「なるほど、さすがに懲りたか。」


どうして今さらそんな事をあたしに訊くのだろうか。もしかすると、

また独断専行をやっていないか…と疑われているのか。


心外ではあるけど、そう思われても仕方ない前科があるのも事実だ。

ゲイズさんが来なければ、あたしは自分の作った魔獣に殺されていた。

いくら何でも、あれをもう一度試す気にはなれなかった。


不本意ではあるけど…


「家族への復讐心は捨てたのか?」

「…は?」


またしても意想外の質問に、今度は心の隅がチリチリと焦げた。

分かっててそれを問うのですかと、食って掛かりたい気持ちを抑える。


捨てられるわけがない。

時が解決してくれる事と、さすがにそうはいかない事とがある。

家族に対して抱く恨みや憎しみは、間違いなく後者だ。未来が潰えた

原因が家族である以上、その気持ちが消える事なんてあり得ない。


復讐心を捨てるのではなく、復讐をあきらめる。それで何とか気持ちに

折り合いをつけてきたのである。


「捨てられるわけないでしょう。」

「だよな。」


いささか棘のあるあたしの答えに、マッケナーさんは深く頷いた。

何だ、何が言いたいんだこの人。


「じゃあ、やってやろうか?」

「はっ?」

「魔鎧屍兵の実戦稼働テストだよ。動くのは分かったから、次は何かの

標的を定めて本格的に運用する。」

「それって…」

「破壊してもいい標的を探す、って事だよ。言いたい事分かるだろ?」

「…………………………」


本気だろうか。

いや、本気だ。それは分かる。


今この時だからこそ、このあたしに提案してるんだ。

「先生」と呼ばれる存在である事を捨て、本当の意味であたしの復讐に

歩み寄ろうとしている。いや違う。あたしを再び引き込むつもりか。


「選べ、ウルスケス。」


あたしの目をまっすぐ見据えつつ、マッケナーさんは告げた。


「迷ってもいいから選べ。ここが、お前の最後の分水嶺だ。」

「はい。」


マッケナーさんは、本気だ。

魔鎧屍兵の開発に関わったあたしに対して、最後の選択を示している。

自分と同じように。


選ぶなら罪を背負えと。

自分も一緒に背負うと。

そうだ。



ここが、最後の分水嶺なんだ。

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