魔鎧屍兵の威容
どうやら、あたしには「そういう」血が流れているらしい。
負の感情もしがらみも踏み越えた先にある、妙に子供っぽい高揚感。
これほどテンションが上がったの、いつ以来だろうか。
ギュイィィィィィン!
臓腑を震わせる駆動音を響かせて、機能美に溢れた四肢が起動する。
直立不動の状態でもかなり威圧感があったその巨躯が、動き出すと共に
まるで違う存在に代わる。まさしく「想像を超えた何か」に。
「どうだウルスケス。」
見入られていたあたしに、すぐ隣に立っていたマッケナー先生が言う。
「難しい話は抜きにして、こいつを動かしたのは君が天恵で作り出した
あの魔核だ。なかなか壮観だろ?」
「……思っていた以上です。」
「そりゃ何よりだ。」
フッと小さく笑い、マッケナー先生は正面に向き直った。
「魔鎧屍兵、ようやく完成だな。」
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正直、今の今までまともな実感など沸かなかった。
いくら設計概念とか説明されても、完全に理解や知識の外にあるものを
想像できるはずがない。世迷い言の類なのではないかとも思っていた。
そんな偏狭極まる考えを、目の前の実物が破壊した。
あまりに圧倒的過ぎるその存在が、価値観を覆すのを肌で感じた。
その名は魔鎧屍兵。
マッケナー先生が己の天恵を頼りに完成させた、大型の自律兵器だ。
パッと見は巨大な鎧だけど、内部に人間はいない。もともとの設計では
中に人間が収まって操作する構造になっていたらしいけど、その部分は
ほぼオミットされている。もちろん有人仕様にする事も可能なものの、
こちらの設計の方が高機動にでき、最大運用時間も長くなるんだとか。
そしてマッケナー先生は、あたしにだけ機構部の秘密を教えてくれた。
「君は成績優秀だったからな。」
冗談めかしてそう言ってたけれど、それだけが理由でないというのは
その時点で分かっていた。むしろ、巻き込むのが目的だったんだろう。
確かにあたしには、魔核生成という希少な天恵がある。単独で使えば、
動物を魔獣へと変える事も出来る。もっともこっちの作用に関しては、
途中で検証を諦めた。動物実験には限界がある上に、危険も伴う。
そもそもあたしは、この天恵ありきでロナモロス教に誘われたのだ。
魔核生成の力を得てからは、家族に復讐するために使えないだろうかと
あれこれ考えた。マッケナー先生に渡すという目的も先延ばしにして。
自分の天恵は自分で使い方を覚え、自分のために使いたい。その当時の
あたしには、そんな生意気な万能感が確かにあったように思う。
だけど、結果は惨めなものだった。
生み出した魔獣は制御する事さえもままならず、逆に襲われかけた。
助けが来なければ、あの時点で己の天恵のために死んだかもしれない。
さすがに考えを改めて、マッケナー先生に魔核を渡した。正直言うと、
できるものならやってみろ!という気持ちもかなりあったと思う。
本人にすら扱えない天恵の産物を、赤の他人がどうこうできるものか。
恥をかくなり怪我をするなりして、世迷い言に見切りをつければいい。
そう考えていたのである。
実物を見るまでは。
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「さてと。」
動作テストを終えて魔鎧屍兵を停止させたマッケナー先生が、あたしに
向き直った。高揚が収まると同時に彼が恐ろしくなり、あたしはじっと
身を固くする。
「マルチクラフト」なる天恵含め、この人は掛け値なしに天才である。
魔鎧屍兵の概念自体は「異界の知」としてこの世界ににもたらされたと
聞いたけど、それでも形にするのは凄まじい才覚だ。あたしなんかには
とても真似できない。そこまで考え至った時、不意に悪寒が走った。
あたしにとって、この人は元学校の先生でしかなかった。その延長で、
今に至るまで嘘もワガママも当然のように口にしてきたのである。
だけど、魔鎧屍兵は完成した。
あたしはこの兵器の開発に、魔核の提供者という形で参加していた。
いや、参加しているつもりだった。でも実際のところ、それは単なる
素材提供でしかなかった。あたしの存在価値なんて、その程度だろう。
そもそも先生もオレグストさんも、初めからあたしの天恵を知ってた。
その上で声をかけられたという事はもう、既に聞いて知っている。
この人たちにとって必要だったのは魔核。あたしが生み出す物であって
あたし自身じゃなかったはずだ。
もしこれで目標が達成されたのだとすれば、あたしはもう用済みだ。
何の取り柄もない生意気な小娘に、それ以上の価値なんてないだろう。
だとすれば、ここであたしは…
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「潮時だな。」
あたしを見つめながら、マッケナー先生はポツリとそう呟いた。
別にあたしに言ったわけじゃない。誰にともなくの独り言だろう。
だけどあたしには、それを聞き流す気持ちの余裕がなかった。
潮時って何なんだろう。
誰にとっての潮時なんだろう。
こんな所にいながらも。
あたしの中には、何の覚悟もない。
今になって、その当たり前の事実が重く心にのしかかっていた。