再来の少女
「くれぐれも来ないで下さいよ。」
「分かってます。」
念押し気味に言われ、私はいささか返答の言葉が尖るのを自覚した。
もちろん、来るなと言われるの事に疑問も怒りもない。もしかすると
何かしら企みがあるのかも知れないけど、正直に言ってどうでもいい。
何から何まで監視しろと言われてるわけでもないし、そんな事をすれば
無駄に関係が悪くなるだけ。いくらネイルに言われたとしても、私には
そこまで徹底する義理などない。
教団の依頼に赴く前に、以前行った喫茶店に行きたい。
そんなささやかな希望を邪魔する気など、起こすはずもない。
それでも念入りに拒絶される己が、少しだけ悲しかった。
================================
================================
変わってないなあ。
もちろんそんなに日が経っていないから、変わってないのは当然かな。
むしろ、街ゆく人の中にあたしの顔を憶えている人がいるかも、という
懸念の方が大きかった。…だけど、それもまた杞憂でしかなかった。
あたしの起こした騒ぎなんて、もうとっくに忘れられてるんだろう。
報道規制もあったらしいし、大きな損害なんかが出なかったのもあって
忘れられるのも速かったんだろうと思う。
身勝手な言い草だとは思うけれど、そっちの方がいいのは間違いない。
忌まわしい事は忘れて下さい。
ここへ来るのは、これが最後だ。
================================
チリリン。
「いらっしゃいま…」
「あ」
「あっ!」
「?」
伯父さんのお見舞いに来て下さったのは、間違いなくこの女性だ。
もちろん、あたしの事も憶えていてくれたらしい。店主さんも同様だ。
不思議そうな顔をしている三つ編みの女の子は、初めて見るなあ。
「お久し振りですランドレさん!」
嬉しそうに笑ってくれたのは、女性の方だった。そうそう、確か名前は
ネミルさんだった。で、店長さんがトランさんだったっけ。
「その節は本当に、ご迷惑をおかけしました。」
「いやいや、そういうのはもういいですから。どうぞどうぞ。」
さすがに驚きの表情を浮かべていたトランさんも、笑顔でそう言って
席を勧めてくれる。じゃ遠慮なく。
至って普通の接客とおもてなしが、たまらなく心にしみた。
================================
「ご注文は?」
「ミルクティを。それと、何か軽く摘まめるお菓子も下さい。」
「はあい。」
前に来た時と同じ注文をした。
前回は、記憶にあっても味の印象がほとんど残らなかったから。
伯母さんの操り人形だったという、乾いた記憶の中にだけある喫茶店。
もう一度だけ、来てみたかった。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
「それで…」
注文の品々を並べたネミルさんは、控え目な口調で問いかけてきた。
「ペイズドさん、お体の具合いかがでしょうか?」
「先日お見舞いに来て頂いたんですよね。ありがとうございました。
伯父からも、くれぐれもお礼言っておいてくれと言付かっています。」
「いえいえ。たまたまあの日、病院に行く用があっただけですから。」
手を振ってそう言ったネミルさんの目が、なおも問う。
やっぱり心配してくれてるんだな、この人。ふと見ればトランさんも、
あたしの言葉をじっと待っている。だから、適当な言葉で言い繕うのは
絶対にやめておこうと思った。
ありのままを話そう、と。
「伯父の容体はあのままです。今後良くなることも無いでしょうね。」
================================
「どうして言い切るんですか?」
そう質問したのは、それまで黙っていた三つ編みの女の子だった。
「病気が良くなるかどうかなんて、そんなに断言できないでしょう。」
「やめとけ、ポーニー。」
「でも…」
まだ何か言いたかった「ポーニー」さんも、トランさんに諫められて
それ以上何も言わなかった。ほんの数瞬、気まずい沈黙が場を満たす。
「それじゃ、ずっとあなたが看病をしてらっしゃるんですか?」
「はい。」
沈黙を破ったネミルさんからの問いに答え、あたしはミルクティに手を
伸ばした。前の時と同じ味だけど、しみる感じが明らかに違った。
「近くに家を借りて、毎日。」
「そうなんですか。」
さすがに伯父さんも、そこまでこの人には話してなかったんだな。
余計な心配させたくなかったのか、単に私事を語りたくなかったのか。
どっちにしても、別に隠すような話でもない。
「つらくないわけじゃないけれど、二人でいられますからね。」
「それが何よりですよね。」
「ええ。」
トランさんの言葉に、不覚にも少しだけ涙を零した。ポーニーさんは
心配そうだったけど、あたしは別に嘆いているつもりはなかった。
そういう感情は、できればここには持ち込みたくなかった。
ごく当たり前の、お客さんとして。
最後に、ここに来たかったんだ。