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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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それは彼女も同じ

殴られるの、何度目だろうか。

予見できるようになってきた気さえする。我ながら歪んでいると思う。

私は、ランドレ・バスロに徹底的に嫌われている。

当たり前だし、そうであるべきだ。むしろ、そうでないと心が折れる。


何故かなんて、考えるまでもない。



それはこの私に向けられる、唯一のまともな感情だからだ。


================================


あの日、エフトポ氏の天恵は彼女の伯父、ペイズド氏に移された。

もちろん、媒体に使われたゴラモロはそのまま息絶えた。その事実には

誰一人として関心を向けなかった。もちろん、この私も。


あんな奴死んでもいいなどという、手前勝手な感情は湧かなかった。

やっている事の悪辣さで言うなら、誰にもゴラモロを罵る資格はない。

私たちは全員、卑劣極まる存在だ。

そうしてランドレ・バスロは、最も大切な人の命を教団に掌握された。

オレグスト氏が天恵を看破していたからこそ、先手が打てたのだろう。



どこまでも周到かつ、卑劣だった。


================================


「あなたに任せるわね。」


ネイル・コールデンからの命令は、いつだって容赦がない。もう今さら

驚きはしないものの、さすがに少し無茶が過ぎるのではと思った。

私なんかに、「洗脳」の天恵を持つランドレを制御できるのかと。

だけどネイルもエフトポも、そんな私の懸念など意にも介さなかった。

さすがに見捨てられたかという思いが頭をよぎったけど、違っていた。


私が行くのは、最適解だったのだ。


確かに、洗脳の天恵は強力だ。でも実際の能力としては、特定の相手を

凝視する必要がある。大多数相手に同時に術をかけるのも無理らしい。

つまり、電話などを使って遠距離の相手を術にかける事も不可能だ。


そこまで判明しているなら、対策はおのずと見えてくる。

まず大前提として、彼女の前に姿を現す相手を本当に最低限に絞る。

直接会う機会を減らしておければ、それだけ洗脳のリスクは低くなる。

実際、面が割れているのは現時点で3人だけだろう。実に合理的だ。

そして当然の如く、この私が彼女とコンタクトを取る役に抜擢された。

理由は、ごく単純かつ明快である。と言うか、私以外に適任がいない。


まずはやはり共転移。この能力ならどこでも一瞬で行けるから、彼女に

こちらの居場所を知られずに済む。彼女が知っているのはエフトポ氏と

オレグスト氏、そしてこの私だけ。探したくても探せないだろうし、

仮に私を洗脳で支配したとしても、速攻でバレてしまう。洗脳を受けた

人間を見破る方法は既に確立されているからだ。


余計な手間も費用もかけず、希少な天恵の持ち主の意思を掌握する。

ネイル・コールデンの手法は、実に合理的で効果的だと思う。



私という人間を、とことんまで軽視しているという点を除けば。


================================


ランドレから恨まれてる事くらい、考えなくても分かる。と言うか、

会うたび憎しみをぶつけられるのは私自身だ。否応なく実感している。


当たり前だろう。


彼女が切望していたのは、伯父とのささやかで平穏な暮らしだけだ。

つらい目に遭ってきた彼女の願いとしては、過分でも何でもない。

それを姑息な手で壊した者たちが、なお協力を強要しているのである。

怒らない方がどうかしている。


だけど彼女は私に対して、殴る以外の事をしない。

どれほど憎もうとも、一線を超える事だけは絶対にしてこない。

もちろん、私に対する遠慮や気遣いなどではない。そんなものはない。

ただひたすら、伯父のペイズド氏を思ってこその我慢なのだろう。


「それがいいんじゃない。」


ネイルのそのひと言に、私は小さな殺意のようなものを覚えていた。


もしエフトポ氏が代わりに行けば、ランドレは怒りのままに彼を天恵で

惨殺したかも知れない。その結果が破滅だとしても、それはそれだ。

誰も何も得ない。でも少なくとも、彼女の復讐は完遂されるだろう。

私がランドレの窓口を命じられた、もうひとつの理由が多分これだ。


私が相手なら、堪えるだろうと。


================================


ネイルは、軽んじながらも私という人間を理解している。

私がランドレをどう思っているかを含めた上で、窓口にしている。

いちばん憎しみをぶつけにくい相手として、私は利用されている。

他の何より、私はネイルのこの策が許せなかった。吐き気さえ催した。


人の心を何だと思ってるんだ。

踏みにじられたランドレに人らしい情けを強いるなど、悪魔の思考だ。


だけど私は、何もしない。ただ単に言われた事をこなすだけ。

そんな私に、ネイル・コールデンを糾弾する資格などあるはずもない。

彼女を怖れているから?

ロナモロス教の全てを敵に回すのが怖いから?

もちろんそれもある。

だけど、違う。

私は望んでランドレに会いに行く。


何故かって?


彼女が唯一、私が向き合える普通の人間だからだ。

彼女だけが、人間らしいまっすぐな怒りと憎しみをぶつけてくれる。

私の目の前に、まだまともな人間がいるという事実を見せてくれる。


私の周りにいるのは、人の形をした化け物ばかりだ。

恵神ローナへの崇拝という建前だけ声高に掲げ、その裏では世界を蝕む

醜悪な軍団を作っている化け物。

母もその一人だ。

いや。

私も、既にその一人になっている。


だからこそ、私は彼女と向き合う。

彼女に殴られるたびに、肉親を思う感情が本物だと感じる事ができる。


身勝手だ。

誰よりも私は身勝手だ。


ネイル・コールデンの行為を毛嫌いしつつ、その策に甘えている。

自分は決して悪くないんだという、醜い言い訳を繰り返している。

被害者ヅラというのは、私のような卑怯者のためにある言葉だろう。


苦しんでいる彼女に、自分を罰する役割を押し付けている。

私こそ、真に人の形をした化け物と呼ぶべきかも知れない。



大ッ嫌いだ、この女。

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