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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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大嫌いな女

ふと、唐突に外に気配を感じた。

唐突だった。

唐突であったが故に、それが誰かはすぐに判った。

足音ひとつも立てず、この場所まで一瞬で至る事が可能な存在。


あの女だ。


================================


「ちょっと詰所に行ってきます。」

「うん。気をつけてな。」


伯父の言葉に、他意はないだろう。だけど最後の「気をつけてな」には

含みのようなものを感じてしまう。それはあたしが、心に後ろめたさを

宿しているからに他ならない。

何としても隠さなければいけない、忌まわしい現実への後ろめたさを。

病室の外にいたのは、予想した通りの相手だった。


「あなたですか、モリエナさん。」

「ええ。」


あの日もいた女だ。

名前はモリエナ・パルミーゼ。偽名ではなさそうだった。

「共転移」という天恵の持ち主で、どこにでも一瞬で現れる。ただし、

知らない場所には行けないらしい。それも本当かどうか、定かでない。



あたしは、この女が嫌いだ。


================================


あの日。

何の前触れもなく襲ってきた男を、「洗脳」の天恵で無力化した。

伯母の関係者かもと思ったけれど、実際はそんな単純じゃなかった。

その男の存在自体が罠だったのだ。


触れた伯父さんは、病に倒れた。

すぐ後に現れた男が、それは自分の天恵の作用だと言い放った。


「おっと、私に洗脳の天恵を使えば伯父さんは助かりませんよ。」


怒りに燃えるあたしの心に、氷水をぶっかけるようなひと言だった。


その男の天恵は「病呪」。


特定の人間に対し、心臓の病を発症させる事ができる能力らしい。

虚実を交えているのだろう。男は、どこか嬉しそうにその説明をした。


対象は常に一人だけ。相手が死ねばリセットされるが、そうでない場合

直接的な接触で「移す」事が可能。今回がまさにそうだったらしい。



その名の通り「病の呪い」であり、一度かけられると解呪の術はない。

術者が死ねば呪いの対象者も死に、生きたままの状態で他人に移す事は

できない。移した時点でその人物はやっぱり死ぬ。病気の進行具合は、

術者の意思によってある程度まではコントロールできるらしい。


「私が健勝である限り、伯父さんの命は保証します。もちろんあなたが

我々に協力してくれればですが。」

「……!!」

「それとさっきも言及しましたが、私に対し洗脳の天恵を使った場合、

病呪の制御が崩れる危険性がある。その点はきっちりご留意ください。

悲劇を生まないためにね。」


制御を失う事による悲劇。つまり、伯父さんが死んでしまうって事か。

この男は、自分自身を天恵によって「盾」にしている。

嘘であろうと本当であろうと、手を出せない状況は同じだった。


入院した伯父さんは、やはり心臓の病を患っていた。言われた通りだ。

そんな前兆がなかったのは、あたし自身が一番分かっている。


あの男の言葉が本当なら。

伯父さんはもう、これ以上回復する見込みはない。ずっとベッドの上。

本人はそれほど嘆いていないけど、内心はもう計り知れない。

あとどのくらい生きられるのかは、本当にあの男の胸三寸。



共に生きる未来は、閉ざされた。


================================


「近日中に一度、ご足労を頂く事になります。どうぞよろしく。」

「どこへ?」

「それは言えませんし、言う必要もありません。直接お連れします。」

「ああ、そう。」


パァァン!!


あたしはモリエナの頬を力いっぱい引っぱたいた。甲高い音が響き、

廊下の向こうにいた男性がぎょっとした視線を向ける。しかし、本人に

動じる様子は見えなかった。


もう、慣れてしまったのだろうか。

それとも、もともとそういう嗜好の持ち主なのだろうか。

何度引っぱたいても、この女は怒りの片鱗さえも見せなかった。


そんなところも、大嫌いだ。

何もかも分かってると言いたげな、胸糞悪いその無表情が。


こいつもまた、あたしたちの未来を閉ざした一人なのは間違いない。

洗脳の力で操り、線路に飛び込ませたい…と思ったのは一度じゃない。

あたしは術者の男とこの女を、心の中で何百回となく惨殺している。

そうでもしないと、精神を保てないところまで来ていた。


だけどあたしは、この女に対してはどこまでも無力だ。


洗脳するのはたやすい。今この瞬間に心を支配するのも簡単な児戯だ。

だけどもしそれをすれば、この女は自分の天恵を使えなくなるだろう。

そうなれば、仲間のいる場所に戻る事ができない。戻らないとなれば、

当然あたしが何かしたと思われる。思われた時点で伯父さんは終わり。

あたしの天恵がどれだけ危険なのか把握しているからこそ、その判断に

容赦はないだろう。そしてこの女が戻らないとなれば、相手の居場所は

永遠に分からなくなる。


もはや、従う以外の選択肢がない。

「洗脳」という天恵の弱点を隅から隅まで把握されている。



どうしようもなかった。


================================


「気が済みましたか?」

「……」


殴られた頬を真っ赤にしながらも、モリエナは冷徹な態度を崩さない。

あたしを真っ向から見据えるその目が、何よりも大嫌いだった。


何なのよ、あなたは。

どうしてそんな顔をするのよ。

言いたい事があるなら言ってよ。

何度も殴ってるんだから、たまには殴り返してきなさいよ。


あたしは、この女が大嫌いだ。

伯父さんを陥れた一人だから、って理由だけじゃない。

むしろ、それ以上に嫌な点がある。


本心が分からないんだ。


冷徹で事務的な態度を貫く一方で、あたしを見下すような事をしない。

決して伯父さんに会わない一方で、常に伯父さんの容態を気にする。

利用価値云々ではなく、一人の人間として心配しているのが分かる。


何なのよ、この女は。

どこまで癇に障る事をするのよ。

私欲のために利用すると言うなら、もっと悪人らしくしろと言いたい。


分からないと、絶望もできない。

こんなのは嫌だ。



大ッ嫌いだ、この女。

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