ランドレの涙
どこかの誰かが言っていた。
天恵とは、呪いのようなものだと。
最初は、意味など分からなかった。
だけど今では、誰よりもその言葉を実感しているという確信がある。
もちろん、悪い意味で。
伯母さんは、本当にあたしを憎いと思っていたのだろうか。殺したいと
本気で願われるほど、嫌われる事をした覚えがない。どこにもない。
あたしがそれなりの遺産を受け継ぐと、決まっていたからだろうか。
多分、そうじゃないと思う。
伯母さんは、洗脳の天恵を得たからこそあたしを殺そうと思ったんだ。
成し得る手段を手にしたからこそ、あたしの命を切り捨てたんだろう。
それだけに留まらず、伯父さんまで一緒に亡きものにしようと考えた。
悲しいけど、それが現実だ。
逮捕された伯母さんが、実際にそう供述したらしい。せっかくだから、
縁者を根絶やしにしようとした…と伯母さんは悪びれもせずに語った。
天恵が、伯母さんを歪ませた。
あたしの殺害を迷わなかったのは、その手段を持っていたからだ。
呪いだった。
あたしにとって、天恵はまさに呪いそのものだった。
だからあたしは、自ら望んで天恵の宣告を受けに行った。もしもそれが
本当に逃れ得ない呪いというなら、いっそ食らい尽くそうと思った。
あたしが得た天恵は、シャドルチェ伯母さんとまったく同じだった。
我が耳を疑ったけど、次の瞬間にはその現実を受け入れていた。
やっぱりこれは、呪いなんだと。
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「それじゃあ、お大事に。」
「ありがとう。」
「機会があればまた来ます。それとランドレちゃんにもよろしく。」
「ああ、伝えておきますよ。」
「ご自愛ください。」
そう言って出ていく女性の背中を、あたしは入口カーテンの影に隠れて
見送った。顔は見えなかったけど、声には何となく聞き憶えがあった。
どうして咄嗟に隠れてしまったのか考えるのは、何だか悲しかった。
せっかく伯父さんのお見舞いに来てくれた人を、怖れる自分がいた。
得た天恵のせい?
いいえ、それだけじゃない。
あたしは、不幸しか生まないんだ。
あたしと関わった人たちは、みんな苦しむ事になってしまうんだ。
きっとこれからもそう。
だからあたしは…
「いるのか、ランドレ?」
「うん。」
気配を察したのか、カーテンに影が映っていたのか。
呼びかける伯父さんの声は、いつもどおり優しかった。
伯父さん。
ごめんね。
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「遅くなってごめんね。」
「いやいや大丈夫だよ。それより、足りないものはなかったかい?」
「大丈夫。」
そう言いながら、あたしはテーブルの上に置かれた包みに目を向けた。
明らかに子供向けと思しき、可愛いラッピングがされている。
「ところで、これは?」
「入れ違いになったが、お見舞いに来てくれた人が置いていったんだ。
残り物で恐縮ですけどと言ってた。お菓子らしいよ。」
「お菓子…」
そっと手に取ると、予想よりも少し重く感じた。
「開けてもいい?」
「もちろんいいよ。」
ガサガサと包みを開けると、中から出てきたのはクッキーだった。
いかにも子供の口に合わせたように小ぶりで、カラフルなクッキー。
かすかな香りに、憶えがあった。
カリッ!
ひとつ摘まんで口に入れた刹那。
「大丈夫か、ランドレ?」
「う、うん。」
あたしは不覚にも涙を流していた。
優しい味に、記憶と思いが溢れた。
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「伯父さん。」
「うん?」
「これ、もしかしてあの時の喫茶店のお菓子?」
「よく判るんだな。」
伯父さんはちょっと呆れ顔だった。
「そうだ。あの日の喫茶店の人が、偶然この病院に来ていたらしいね。
入口にかかっていた私の名を見て、顔を見せたんだと言っていたよ。」
「そうなんだ…」
今となってはもう、懐かしい話だ。
あの日、あたしは爆弾を携えてあの喫茶店に乗り込んだのである。
操られていたと言っても、その時の記憶は今もしっかりと残っている。
あの時。
お店の人が機転を利かせてくれた。
もしあたしの言うままにしてたら、きっとまとめて殺されただろう。
「あのお店の人がここに。」
もうひとつ、クッキーを噛み砕く。
それが合図になるかのように、新たな涙が零れ落ちた。
何を思うのか、自分でもわからないままあたしは唇を噛みしめた。
あの日と同じクッキーの味に、心が何かを叫んでいるのを感じた。
絶対に口にできない言葉だ。
何もかも呪われているあたしには、口にする事が許されない言葉。
だからこそ、心の中で叫ぶ。
あたしと伯父さんを助けて、と。