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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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病棟の再会

「あー緊張した…」

「だけど、初めてにしてはなかなかでしたよ。」

「そりゃどうも。」


「初めてにしては」って言い方に、そこはかとない先輩風を感じる。

まあ先輩なのは事実だし、やっぱり経験が違うなと思ったのは確かだ。



多少のドヤ顔は軽く流そう、うん。


================================


今日は、小児病棟ボランティアの日だった。ポーニーはそれっぽい事を

何度かしてるらしいけど、あたしは正真正銘、今日が初めての経験だ。

客商売を初めてそれなりに経ってはいるものの、やっぱりかなり勝手が

違った。どの子も喜んでくれていたのは確かだけど、あれこれ改善点が

あったのもまた事実だ。そのへんは大いに次回に活かそう。


「ありますよね、次回。」

「何で?」

「いやもう、当たり前のようにその話をされてますから…」

「いいでしょ別に。」

「もちろんです。」


意味ありげに笑うポーニー。彼女の言いたい事はハッキリと分かる。

一度やったら、クセになるでしょ?

来るまでに言われてたけど、確かにクセになるなあ。


ちょっと悔しいけど、認めよう。

この世の中には、知らない事なんていくらでもあるんだよね。



知ったつもりでいるのは、はっきり言って損だ。


================================


「さて、じゃあ帰ってトランさんにお土産話ですよね。」

「そうね。」


何やかんやでけっこう楽しかった。快く送り出してくれたトランには、

大いに感謝している。早く帰って、休んだ分を埋め合わせつつ話そう。

ひょっとしたら、トランも次からは興味を持ってくれるかも…


あれ?


「どうしました?」


立ち止まったあたしに、ポーニーが怪訝そうに向き直って質問する。

気付かず何歩か歩いていたせいで、ちょっと間抜けな感じだった。

一方のあたしは、病室の入口の脇に掛けられた名札を目にしていた。

この人、知ってる。


「ポーニー。」

「はい?」

「悪いけど、先に帰ってて。」

「え、急にどうしたんですか?」

「ちょっとお見舞いするから。」


そう言いつつ、あたしは名札を指で示した。


「ずっと前に来たお客さんなのよ。ま、そんなに長居しないからさ。」

「分かりました。そっちの荷物も、まとめて持って帰りましょうか?」

「いいよいいよ、こっちはあたしが持って帰るから。」

「それじゃあ、お先に。」

「気をつけてね。」


あれこれと詮索せずに、ポーニーはさっさと入口へ向かっていった。

こんな風に尊重してくれるあたり、本当にありがたい。


「さてと。」


廊下の突き当りを曲がる彼女の背を見送り、あたしは小さく息をつく。

向き直った病室の名札には、確かに知っている名前が書かれていた。

お客さんだったというのは本当だ。それも、かなり忘れがたい相手。



知らんぷりは、さすがにできない。


================================


「失礼します…」


入口は開いていたものの、その奥にカーテンがあった。大きさからして

個室なのは間違いない。開いているという事は、入ってもいいはずだ。

足音を忍ばせ、あたしはカーテンの端をそっとめくって覗き込んだ。


「あのう…」

「はい?」


遠慮がちの呼びかけに、聞き覚えのある声が返ってきた。やっぱりだ。

だけど、記憶の中の声よりちょっと掠れているように思えた。


「こんにちは。」

「…おや、あなたは確か…」


思ったより病室は明るかった。壁の大きな窓からは、日差しが注ぐ。

真白いベッドの上に、見覚えのある男性が白い服を着て座っていた。


やっぱりだ。


「お久し振りですペイズドさん。」

「これはこれは、ようこそ。」


ペイズド・ブル・バスロさん。

かつてうちの店に来て、爆弾騒ぎを引き起こした二人の内の一人だ。



まさかこんな場所で会うなんてね。


================================


「今日は、どうされました?」

「小児病棟のボランティアです。」

「へええ、お店の出張ですか。」

「まだ一回目ですけど、とりあえずやってみようという事になって…」

「素敵ですね。」

「いえいえ、まだ手探りです。」


ペイズドさんは、親しげにあたしと話してくれる。正直、ホッとした。

知り合った経緯が経緯だけに、変な感情を持たれる事もあり得るから。


だけどあの事件は、この人もあたしたちもある意味被害者だったのだ。

…言っちゃ何だけど、諸悪の根源はこの人の元奥さんである。だから、

今さら気まずくはなりたくない。


そういう意味でも、こうして普通に話せる今は本当にホッとする。

……………………………


いやいやちょっと待てあたし。

何しに来たかを見失うんじゃない。社会人だろうが。


「あのう、ペイズドさん。」

「はい?」

「…どうされたんですか?」

「正直、よく分からないんですよ。お恥ずかしながらね。」

「分からないって…」


個室で入院している以上、そこそこ大ごとになっているはずだろう。

何があったというのだろうか。


「心臓の病気らしいんですが、特に兆候があったわけでもないんです。

本当に突然の事でして。」

「心臓、ですか。」


それでそんなに顔色が白いのか。


「もうすぐ50です。まあつまり、もう若くないって事ですかね。」

「あんまり老け込まないで下さい。まだまだですよ?」

「そう言って頂けるとありがたい。ただ…」


そこで言葉を切り、ペイズドさんはフッと寂しそうに笑った。


「ランドレにすっかり心配をかけてしまって。不甲斐ない限りです。」

「…………………………」


やっぱり心配してるんだなあの子。

あんな事があったとは言え、いや、あんな事があったからこそかな。

信じられる家族の存在は、ランドレちゃんにとっても大切なはずだ。

それが突然心臓病なんて、あまりに重い現実だろう。


「ランドレちゃんは?」

「荷物を取りに帰っています。もう間もなく戻ってくるはずですが。」

「そうですか…」


それ以上、彼女に関して言える事がない。ここに本人がいないのなら、

なおさら無責任な事を言うべきではないだろう。

この人たちがこんな事になっているとは、まったく知らなかった。


だけど。

あたしは、本当に知らなかった。


ランドレちゃんが、あたしが考える以上に深刻な状況にあるって事を。

そこから抜け出せなくなっているという事を。



悪意が、二人を蝕んでいた。

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