あの日の言葉の代わりに
相変わらず、俺の人生は早送りだ。
首都から戻った翌日、工事の進捗を見に行った。正直、思ってたよりも
ずっと進んでいた。頭を切り替え、その後の調整に二人で臨んだ。
どんどん出来上がっていく喫茶店の在りようとは裏腹に、俺の気持ちは
未だに実感が伴わない。これが君の店だと言われても、ピンと来ない。
怖じ気づいたとか、覚悟が足りないとかいう話じゃない。断じて違う。
独立したいという思いは、19歳になるずっと前から固めていたから。
爺ちゃんが死んでから、俺は脇目も振らずに突っ走ってここまで来た。
ネミルが神託師を継承するって事。
トーリヌスさんと出会った事。
どちらも想像すらしていなかった。だけどそれが、俺の人生を変えた。
一歩ずつゆっくり進んでいくはずの道を、全速力で走るものに変えた。
もちろん、目指した場所は同じだ。それを悪い事とは微塵も思わない。
だけど、目の前で積み上がっていく現実に実感を持てないのも事実だ。
金も何も無かったはずの俺たちが、いつの間にかこの立場になってる。
不安になる間さえないほど、俺たち二人の世界は早回しで前に進む。
ここに至り、俺は当たり前の事実をあらためて痛感する。
まだまだ、俺もネミルも子供だと。
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そうこうしている内にも、店はほぼ出来上がりつつあった。
木調の落ち着いた外観だ。ここは、爺ちゃんが住んでいた頃とそれほど
かけ離れないよう気をつけた。でも使い勝手はかなり近代的…というか
もはや未来的とさえ言える。以前にトーリヌスさんがチラッと言ってた
システムキッチンってのも、使い方を説明される度にちょっとビビる。
俺の変速自転車と同様、間違いなく「異界の知」に属する代物だと。
トイレも水洗。何と言うか、純粋に俺の想像をはるかに超えている。
でもまあいいかと、開き直れる程度には図太くなれた。ここしばらくの
早送り人生は、良くも悪くもこの俺の経験値を爆上げしてるんだろう。
今さら魔王がどうのこうのと、悩むだけ損という考え方もできている。
家具系は揃ってるし、俺もネミルも実家が近い。引っ越しに関しても、
それほど気合を入れる必要はない。あっさりしたもんだ。
許嫁とは言っても、まだまだ結婚は先の話だ。浮ついた話もまだまだ。
そのあたりはもう、自分たちなりのペースでやっていくしかない。
あとは…
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ようやくというか早くもというか、とにかく家の工事は完了した。
俺たちが住んでいないので、工事の人たちはずっとここに寝泊まりして
いたらしい。全てきれいに片付け、彼らは帰っていった。
「また来ます。今度は客として。」
俺たち二人の感謝の言葉を遮ると、ノダさんは初めてにっこり笑った。
「その時はスコーンをよろしく。」
「分かりま…」
いや違う。ここで言うべきは…
「ご来店、お待ちしております!」
笑顔で頷き、ノダさんは車を駆って去っていった。
初めて会ったあの日のように。
本当に、ありがとうございました。
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さて今日から、いよいよ開店準備に取り掛かる。
とは言っても、まずは実家の援助を受ける事になる。何と言っても俺は
ほとんど文無しだ。初期費用などは親兄弟に負担してもらうしかない。
…これはもう、出世払いで少しずつ返していくしかないだろう。
あとは器材だ。これも申し訳ない話だけど、実家のレストランの物を
少しずつパクってくる以外にない。さいわい割と小規模な店舗だから、
最低限の物があれば事足りる。もうとにかく頭を下げよう。恥なんて、
もはやかき慣れた感がある。
そんなわけで、正午過ぎにネミルと現地集合。ノダさんから受け取った
真新しい鍵で、店の入口を開ける。今更だけど、本当に感慨深いな。
中は真新しい喫茶店。まあさすがに空っぽではあるけれ……ど…………
「え?」
俺はそこで、棒立ちになった。
傍らに立つネミルも同じだった。
何だこれ。
何もかも揃ってるじゃないか。
いや、おととい見た時は確かに何もなかったはず…
どうなってんだ?
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「驚いたか?」
ハッと振り返ったそこに、俺の両親と兄と姉が笑って立っていた。
さらにその後ろには、ステイニー家の人たちもいた。
「いや、あの……どうして?」
「お祝いに決まってるでしょ?」
母が俺に、笑って言った。
「こんなお店を持ったのに、肝心の調理器具がお下がりじゃ台無しよ。
だからみんなで相談して、こっそり揃えてたの。ビックリした?」
「したよ!」
何で内緒なんだよ。サプライズにも程があるだろうがよ!
って言うか、これはお祝いにしても度が過ぎてるんじゃないのか!?
正直、俺は思ってる事がかなり顔に出やすい性格だ。今もまさにそう。
両親も他の面々も、何か面白そうに笑っていた。
「ま、黙って受け取っとけよ。」
「いや、これを全部かよ兄貴!?」
「ああ。」
「だけど…!!」
「いいじゃん、受け取りなよ。」
そう言ったのは姉だった。
「これ、渡せなかったこないだの分も含めてだからさ。」
「こないだ、って…」
なおも何か言いかけた瞬間に、俺はふと口をつぐんだ。
思い当たったからだった。
こないだの分。
そうか、そうだった。
俺の19歳の誕生日は、誰の中でもなかった事になっていたんだった。
今さらその事実を思い出した俺は、不覚にも涙を落としてしまった。
「言えなかった言葉の代わりよ。」
そう言って、母は俺の肩を叩いた。
「しっかりね!!」
「ああ!」
顔を上げ、俺も強い言葉で応える。
ルトガー爺ちゃんの死が重なって、俺は結局「おめでとう」って言葉を
誰からももらえなかった。それが、俺にとって受け入れるべき誕生日。
今日この場に至るまで、ずっとそう思っていた。そして忘れていた。
だけどみんな、俺たちのこれからに期待してくれているんだ。
いささか背伸びしていたし駆け足になったけど、自分の「これから」を
言葉にして突き進む俺たち二人に。
しっかりね、か。
言われるまでもないけど、今の俺にとっては何よりの門出の言葉だ。
ああ。
しっかりやるとも。
『神託カフェ オラクレール』
ようやく開店だ。