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ようこそ神託カフェへ!!  作者: 幸・彦
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あの日の言葉の代わりに

相変わらず、俺の人生は早送りだ。


首都から戻った翌日、工事の進捗を見に行った。正直、思ってたよりも

ずっと進んでいた。頭を切り替え、その後の調整に二人で臨んだ。


どんどん出来上がっていく喫茶店の在りようとは裏腹に、俺の気持ちは

未だに実感が伴わない。これが君の店だと言われても、ピンと来ない。


怖じ気づいたとか、覚悟が足りないとかいう話じゃない。断じて違う。

独立したいという思いは、19歳になるずっと前から固めていたから。


爺ちゃんが死んでから、俺は脇目も振らずに突っ走ってここまで来た。

ネミルが神託師を継承するって事。

トーリヌスさんと出会った事。


どちらも想像すらしていなかった。だけどそれが、俺の人生を変えた。

一歩ずつゆっくり進んでいくはずの道を、全速力で走るものに変えた。

もちろん、目指した場所は同じだ。それを悪い事とは微塵も思わない。


だけど、目の前で積み上がっていく現実に実感を持てないのも事実だ。

金も何も無かったはずの俺たちが、いつの間にかこの立場になってる。

不安になる間さえないほど、俺たち二人の世界は早回しで前に進む。


ここに至り、俺は当たり前の事実をあらためて痛感する。



まだまだ、俺もネミルも子供だと。


================================


そうこうしている内にも、店はほぼ出来上がりつつあった。

木調の落ち着いた外観だ。ここは、爺ちゃんが住んでいた頃とそれほど

かけ離れないよう気をつけた。でも使い勝手はかなり近代的…というか

もはや未来的とさえ言える。以前にトーリヌスさんがチラッと言ってた

システムキッチンってのも、使い方を説明される度にちょっとビビる。

俺の変速自転車と同様、間違いなく「異界の知」に属する代物だと。

トイレも水洗。何と言うか、純粋に俺の想像をはるかに超えている。


でもまあいいかと、開き直れる程度には図太くなれた。ここしばらくの

早送り人生は、良くも悪くもこの俺の経験値を爆上げしてるんだろう。

今さら魔王がどうのこうのと、悩むだけ損という考え方もできている。


家具系は揃ってるし、俺もネミルも実家が近い。引っ越しに関しても、

それほど気合を入れる必要はない。あっさりしたもんだ。

許嫁とは言っても、まだまだ結婚は先の話だ。浮ついた話もまだまだ。

そのあたりはもう、自分たちなりのペースでやっていくしかない。


あとは…


================================


ようやくというか早くもというか、とにかく家の工事は完了した。

俺たちが住んでいないので、工事の人たちはずっとここに寝泊まりして

いたらしい。全てきれいに片付け、彼らは帰っていった。


「また来ます。今度は客として。」


俺たち二人の感謝の言葉を遮ると、ノダさんは初めてにっこり笑った。


「その時はスコーンをよろしく。」

「分かりま…」


いや違う。ここで言うべきは…


「ご来店、お待ちしております!」


笑顔で頷き、ノダさんは車を駆って去っていった。

初めて会ったあの日のように。



本当に、ありがとうございました。


================================


さて今日から、いよいよ開店準備に取り掛かる。


とは言っても、まずは実家の援助を受ける事になる。何と言っても俺は

ほとんど文無しだ。初期費用などは親兄弟に負担してもらうしかない。

…これはもう、出世払いで少しずつ返していくしかないだろう。


あとは器材だ。これも申し訳ない話だけど、実家のレストランの物を

少しずつパクってくる以外にない。さいわい割と小規模な店舗だから、

最低限の物があれば事足りる。もうとにかく頭を下げよう。恥なんて、

もはやかき慣れた感がある。


そんなわけで、正午過ぎにネミルと現地集合。ノダさんから受け取った

真新しい鍵で、店の入口を開ける。今更だけど、本当に感慨深いな。

中は真新しい喫茶店。まあさすがに空っぽではあるけれ……ど…………


「え?」


俺はそこで、棒立ちになった。

傍らに立つネミルも同じだった。


何だこれ。

何もかも揃ってるじゃないか。

いや、おととい見た時は確かに何もなかったはず…



どうなってんだ?


================================


「驚いたか?」


ハッと振り返ったそこに、俺の両親と兄と姉が笑って立っていた。

さらにその後ろには、ステイニー家の人たちもいた。


「いや、あの……どうして?」

「お祝いに決まってるでしょ?」


母が俺に、笑って言った。


「こんなお店を持ったのに、肝心の調理器具がお下がりじゃ台無しよ。

だからみんなで相談して、こっそり揃えてたの。ビックリした?」

「したよ!」


何で内緒なんだよ。サプライズにも程があるだろうがよ!

って言うか、これはお祝いにしても度が過ぎてるんじゃないのか!?


正直、俺は思ってる事がかなり顔に出やすい性格だ。今もまさにそう。

両親も他の面々も、何か面白そうに笑っていた。


「ま、黙って受け取っとけよ。」

「いや、これを全部かよ兄貴!?」

「ああ。」

「だけど…!!」

「いいじゃん、受け取りなよ。」


そう言ったのは姉だった。


「これ、渡せなかったこないだの分も含めてだからさ。」

「こないだ、って…」


なおも何か言いかけた瞬間に、俺はふと口をつぐんだ。

思い当たったからだった。

こないだの分。

そうか、そうだった。


俺の19歳の誕生日は、誰の中でもなかった事になっていたんだった。

今さらその事実を思い出した俺は、不覚にも涙を落としてしまった。


「言えなかった言葉の代わりよ。」


そう言って、母は俺の肩を叩いた。


「しっかりね!!」

「ああ!」


顔を上げ、俺も強い言葉で応える。


ルトガー爺ちゃんの死が重なって、俺は結局「おめでとう」って言葉を

誰からももらえなかった。それが、俺にとって受け入れるべき誕生日。

今日この場に至るまで、ずっとそう思っていた。そして忘れていた。


だけどみんな、俺たちのこれからに期待してくれているんだ。

いささか背伸びしていたし駆け足になったけど、自分の「これから」を

言葉にして突き進む俺たち二人に。


しっかりね、か。

言われるまでもないけど、今の俺にとっては何よりの門出の言葉だ。

ああ。

しっかりやるとも。


『神託カフェ オラクレール』


ようやく開店だ。

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