エフトポの天恵
よほど確信があったのだろうか。
ゴラモロの良識を多少は信じていたのだろうか。
それとも。
目的達成のためであれば、人一人の命などどうでもよかったのか。
分からないし、分かりたくもない。
出た結果こそが全てという事だ。
ゴラモロに与えられていた任務は、ペイズド・バスロ氏を人質にして
ランドレ・バスロを脅迫する事だ。それで彼女を外まで連れて来いと、
それだけ命じられていた。きわめて単純な任務であり、ある意味非常に
彼向きの内容でもあった。案の定、彼は何の迷いもなく取りかかった。
私の言う事じゃないけど、ゴラモロにこんな回りくどい役目は無理だ。
展開によっては、人質として捕えたペイズド氏を勢い任せで傷付ける…
というのも十分にあり得るだろう。殺す展開だってないとは言えない。
凶悪犯の思考は理屈じゃないんだ。
その責任は誰が取るつもりなんだ。
だけど。
全ては杞憂でしかなった。
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ギュイン!!
離れたこの位置からでも、ランドレの瞳が紫の光を放ったのが見えた。
離れた位置でチラッと見ただけにも関わらず、かすかに頭が痛んだ。
私だけじゃなく、オレグスト氏たち二人も同じ痛みを覚えたらしい。
ゴラモロは、中途半端な姿勢で刃物を構えたまま止まっていた。
「な、何だこの男は!?」
咄嗟にランドレを庇おうとしていたペイズド氏が、そんな言葉を放つ。
困惑は無理もない。あまりにも唐突で、脈絡のない襲撃だっただろう。
しかしランドレは、その唐突極まる襲撃者を事もなげに無力化した。
もはや、疑う余地もないだろう。
ランドレ・バスロは、自身の伯母であるシャドルチェ・ロク・バスロと
全く同じ天恵「洗脳」を得ている。得ただけではなく、我がものとして
完璧に使いこなしてさえいる。
「どうやら決まりみたいだな。」
「ですね。」
押し殺した声で交わされた言葉に、私は寒気を覚えた。
私には関係のない話ではあるけど。
彼女がどんな人だろうと、どうでもいい話ではあるけど。
それでも心のどこかで、この展開を避けたいという思いがあった。
ランドレ・バスロは取るに足らない天恵しか持っておらず、私たちは
無駄足だったと愚痴を言って帰る。シャドルチェ・ロク・バスロへの
文句を口にしながら。
間違いなく、私はそんな結末を心のどこかで願っていたらしい。
いつも現実は私の手をすり抜ける。
嫌でしょうがない。
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「…あそこまで強力だと、うかつな接触は命取りになるだろうな。」
「確かに。」
「じゃあ、どうするんだ?」
「そこは抜かりないよ。」
そう答えたエフトポ氏が、にやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
オレグスト氏はピンと来ないのかも知れないけど、私は分かっている。
エフトポ・マイヤールという男が、どれほど抜け目ない人物なのかを。
ここへ来る際の共転移で、どういう策を講じているのかは知っていた。
あまりに狡猾なその策は、彼という人間を知ればこそ戦慄に値した。
そう。
彼の持つ天恵を知っていればこそ、そのおぞましさは心を削る。
「では。」
そう言って右手をかざすエフトポ氏から、私は無意識に目を逸らした。
これから起こる事を、まともに目にしたいとは思えなかった。
ゴラモロは、役に立つ。
まだまだ使える消耗品なのである。
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ドサッ!
鈍い音と共に、洗脳によって動きを封じられていたゴラモロが倒れる。
糸が切れたかの如きその倒れ方は、紛れもなく完全な意識の途絶だ。
そしてそれは、エフトポ氏の仕込みが発動した瞬間でもあった。
「お、おい君!?」
ゴラモロが崩れ落ちたのを目にしたペイズド氏が、彼に歩み寄った。
倒れた際に刃物は弾け飛んでおり、とりあえず脅威は無くなっている。
正確に言えば、もうゴラモロという人間は絶対に脅威にはなり得ない。
「伯父さん気をつけて!」
「ああ分かってる。しかしこれは…まさか何かの発作でも起こしたか?
とにかく警察を呼んで保護して」
屈み込んだペイズド氏に、私は心の中で訴えた。
触っちゃダメだと。
その男に触ってしまったら
あなたは…
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ドサッ。
「伯父さん!?」
ランドレの声は、甲高く裏返った。
倒れたゴラモロの肩に触れた刹那、ペイズド氏もその隣に倒れたのだ。
駆け寄ったランドレの呼びかけに、反応するような気配はなかった。
「よし、移ったな。」
「あれ、あんたの仕業か。」
「ああ。私の天恵の効果だよ。」
事もなげに告げるエフトポ氏の顔に浮かぶ笑みが、見るに堪えない。
そんな彼をここまで運んだ己にも、吐き気を禁じ得ない。
エフトポ・マイヤールの持つ天恵は【病呪】。
おぞましい、連鎖の力だった。