空っぽの自分の姿
私の天恵は、自分と誰か一人を共に転移させるだけの能力に過ぎない。
その転移の際、相手の記憶の一部がこちらに写される。この点に関して
他言した事はない。母にさえも秘密にしている。
どのみち、他人にとって私は便利な移動手段でしかない。そして私も、
他人の天恵に対してあれこれ細かく考える事はない。興味ないからだ。
ロナモロス教の幹部は、ほぼ全員が母から天恵の宣告を受けている。
初めから覚醒していたオレグスト氏のような例外もいるけど、その皆が
大体ロクでもない事に自分の能力を使っているのは同じだ。今の世界に
よほど波風を立てたいのか、もはやテロリスト集団もかくやと思うほど
危険な勢力拡張を続けている。私は正直ついて行けない。行けないから
なおの事、興味を持たないようにと心掛けている。
だけど、そんな私でさえ今回の件はリスクが高いのではと思っている。
「洗脳」の天恵を持つという少女、ランドレ・バスロ。私より3歳も
年下ではあるけど、もしその天恵が本当なら、軽々しく手を出した時の
返り討ちが恐ろしい。下手をするとこちらが瓦解しかねない相手だ。
もちろん、引き入れる事ができればこの上ない戦力になり得るだろう。
ネイル・コールデンの考える事は、もはや記憶共有がなくても読める。
オレグスト氏が天恵を見た後、偽の神託師に宣告をさせた「背信者」。
宙ぶらりんになっているあの人たちを、あらためて引き込む際に洗脳を
施すつもりだ。恵神ローナに対して背信しているという先入観を与え、
弱っているところに洗脳で刷り込みを加える。そこまですれば、彼らは
一片の曇りもない狂信者として完成を見るだろう。忠実な兵士である。
嘘の宣告だけでも、洗脳の天恵だけでも足りない。人の心は複雑だ。
しかしその両方を重ね掛けすれば、人格を塗りつぶす事も可能だろう。
そのくらい私でも想像できる。
いかに懸念は多くとも、ランドレ・バスロは必ず手中に収める。
忌まわしい思考は、リスクを目の前にしてもなお揺るがないって事だ。
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「じゃあ、頼みますよ。」
「本当に手加減なしでいいんだな?どうなっても知らねえぞ。」
「大丈夫。ちゃんとフォローしますからご心配なく。」
「よし。」
オレグスト氏とエフトポ氏が、すぐ背後に立つ男性と言葉を交わす。
私はなるべく、そっちの方に視線を向けないようにしていた。
彼の名はゴラモロ。
もちろん、私が共転移を使ってこの場所まで連れてきた信者の一人だ。
例によって「背信者」のレッテルを貼られた結果、更なる救いを求めて
再びやって来た。扱いやすい相手と見なされ、入信を許されたらしい。
ひらたく言うと、前科者である。
もちろんそんな事は誰からも聞いていないけど、当然共転移で知った。
おそらく彼の経歴に関しては、私が教団内で最も詳しいだろうと思う。
前科そのものは、強盗と傷害そして殺人未遂だ。若かった頃の大半を、
刑務所の中で過ごしている筋金入りの犯罪者らしい。
しかし、私だけは知っている。別に知りたくもなかったけれど。
未遂ではなく、4人の人間を殺して死体を完全に処理しているらしい。
そのうちの2人はまだ幼児だった。それらの罪がもし露見したのなら、
間違いなく死刑になるだろう。完全犯罪はこんな男にもできるらしい。
死体がなければ罪もないって事か。
彼のそんな素性を知っているのは、例によって私だけである。
つくづく嫌になってしまう。
醜悪な、目の前の謀が。
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影の向きが、少しだけ変わった頃。
屋敷から出てきた中年男性が、本を読んでいるランドレに近づいた。
没頭していた彼女も、彼の顔を見てにっこりと笑ったのが見て取れる。
あの男性がペイズド氏か。
ランドレの伯父であり、収監されているシャドルチェ・ロク・バスロの
夫でもあった人物だ。二人とも洗脳され、爆弾事件を引き起こした。
少し世の中の話題になったものの、今ではここで静かに暮らしている。
二人がどういう関係なのかまでは、調べていないらしい。
いや、違う。
あの二人がどういう関係なのかを、これから明らかにする算段だ。
他でもない、ゴラモロを利用して。
ああ、本当に嫌になる。
私は一体どうしてここにいるのか。
何を見届けようとしているのか。
分からない。
私に限って言えば、分からない。
オレグスト氏もエフトポ氏も、その目的は明確だ。
何の関係もないあの少女を、教団に引き入れるためにここに来た。
ネイルに命令されたとは言え、この二人は少なくとも自分の意志で己の
手を汚そうとしている。
じゃあ、私は何なんだろう。
転移が使えるというだけで、教団の穢れた目的を目にし続けている。
何もかも黙過して、関係ないという言い訳をずっと己にし続けている。
何の意思も目的も持たないままに、ここで経緯を見ている。
何もない。
空っぽだ。
真に醜悪な存在は、私なのかも。