ランドレ・バスロの天恵を
嫌になる。
大概の事はもうどうでもいいけど、さすがにこういうのはウンザリだ。
目的が何であろうと、さすがに卑劣が過ぎると思わないのだろうか。
思わないんだろうな。
こんな風に嫌になっていながらも、黙って見ている私だって同罪だ。
声高に糾弾する資格なんて、ない。
本当に、嫌になる。
何もかも。
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オレグスト氏とエフトポ氏。
この二人を共転移で移動させる機会は最近、特に増えている気がする。
実際、他の幹部格と比べても二人の出張る機会は多くなっている。
「移動手段」という役割がはっきりしているからこそ、私はそれ以外の
役割を与えられる事がない。大体、いつも転移する場所だけ伝えられ、
そこに誰か運ぶか迎えに行くかだ。当然の事ながら、送り届けた相手が
具体的に何をするか聞かされる事はほぼなく、また質問する事もない。
余計な詮索をしないからこそ、母もネイル・コールデンもこのあたしに
大した興味を示さない。あくまでも生きた転移装置としか見ていない。
それでいい。余計な期待される方が煩わしいし、危険な目に遭うのも
願い下げだ。扱いやすい転移要員と思われてる方が、ずっと気が楽だ。
どっちみち、私の天恵は否応なしに転移した人間の記憶をもたらす。
あれこれ詳しく説明されなくても、彼らがどんな事をやってるかくらい
ほぼ筒抜けだ。知りたくもない話を知らされるのは、もう慣れている。
勝手な事ばかり言う母やネイルたち相手に、あれこれ考えるだけ損だ。
現代のロナモロス教が、どんな風に腐敗しているのか。
どれほど危険な事をしているのか。
教主のミクエさんが、どれほど何も知らないお花畑思想の持ち主か。
私は何もかも知っている。
オレグスト氏とエフトポ氏が、今日これから何をするのかも。
誰を相手に、どれほど卑劣な企みを実行しようとしているのかも。
知った上で黙っている。
本当に、私は自分が嫌になる。
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「あれか?」
「そうですね。間違いない。」
共転移で移動すると、どこにいるかさっぱり判らなくなるのが難だ。
とは言え、帰りもモリエナが受持つ以上、詳しく知る必要も特にない。
やるべき事をやって帰るだけだ。
建物の様子からすると、イロノ州の田舎街といったところだろうか。
緑豊かな環境で、目に入る家も全てかなり大きい。いい所だな本当に。
そんな中、俺たちはひときわ大きな庭を持つ一軒の屋敷の前にいた。
生垣から覗いた庭の東屋に、一人の少女が座って厚い本を読んでいる。
想像していたより更に若い。天恵を持っているという情報がなければ、
未成年かと思ってしまうほどに。
あれがランドレ・バスロって子か。
かつて「洗脳」の天恵を持つ伯母に操られ、爆弾騒ぎを起こした少女。
詳しい経緯までは知らないが、その伯母は捕らえられ収監されている。
罪には問われなかった彼女は、現在伯父のペイズド氏と暮らしている。
相続したこの屋敷で、平穏に。
「平穏に、ねえ。」
果たしてその平穏は、本物なのか。今の彼女は、どういう存在なのか。
それを見極めるのが、俺の役目だ。控え目に言って下衆な仕事だろう。
少なくとも、その自覚はある。
だが、俺も言い分くらい持ってる。いや、言い訳かも知れないけれど。
もしその平穏が本当なら、俺たちはこのまま彼女に手を出さずに帰る。
慎ましく暮らしているその人生に、わざわざ波風を立てる気などない。
だが、もしもその平穏が彼女自身の天恵によって作られた偽りならば。
俺たちと同じ後ろめたさを、彼女も多少なりと持っているのならば。
話くらい、してもいいはずだろう。
シャドルチェ・ロク・バスロの言う事が、本当に正しいとすれば。
「では頼むよ、オレグスト君。」
「ああ。」
距離は遠いが、これなら射程内だ。エフトポが取得したシャドルチェの
調書を信じるなら、仮に同じ天恵を彼女が得ていてもそっちは射程外。
万一気付かれたとしても、ここまでその影響は届かない。
何にせよ、一瞬で済む話だ。
俺の天恵は速いんだからな。
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「どうだった?オレグスト君。」
「当たりだ。」
「そうか、やっぱりな。」
「あの子は「洗脳」の天恵持ちだ。とりあえず、それは間違いない。」
「よし。じゃあ確認だな。」
ああ。
やっぱりそうだったんだ。
ため息をつきたくなったのを堪え、私は彼らの背後から東屋を見る。
そこで一心に本を読んでいるのは、明らかに私より若い女の子だった。
「洗脳」の天恵の持ち主。
それだけを聞けば、どれほど危険な存在なのかと誰もが身構える。
かく言う私も、さっきまでそういう警戒心を多少なりと抱いていた。
理不尽だ。
天恵は、選べるものじゃない。
彼女だって、それを心から望んだかどうかなんて分からないはずだ。
なのにどうして、彼らはさも当然の事のような顔をしているのか。
教団のためか。
野望のためか。
もっと深い、あるいは浅い目的でもあるのだろうか。
そのために彼女を巻き込むのか。
エフトポ・マイヤールの天恵で。
あの、醜悪極まりない力で。
本当に嫌になる。
私自身を含めた、何もかもが。