狙う相手は姪っ子
「爆弾持って立て籠り?ああ、前にあったわね確か、そんな騒ぎ。」
ネイル・コールデンは、どんな話をする時も大体こんな感じで軽い。
個人的にはあんまり好きじゃない。副教主なんて肩書きを名乗るなら、
もうちょっとシャキッとしろよと。
だが話題を振ったエフトポは、別に気分を害した風にも見えなかった。
つきあいが長いと言ってたし、まあもう慣れてるんだろうな、多分。
「ミルケンの街の喫茶店で起こった事件ですね。あのシャドルチェが、
夫と姪に洗脳を施して起こした…という事らしいです。」
「あんまり話題になってなかったと思うんだけど、やっぱ報道規制とか
あったわけ?」
「調べるのに割と苦労しましたが、どうやらそのようです。おそらく、
犯人に仕立て上げられた姪の存在が目立たないように、という配慮から
取られた措置のようですね。」
「未成年だったの?」
「その時は、ですが。」
エフトポはもったいぶった言い方をしているが、要するにその「姪」が
今回の狙いらしい。収監されているシャドルチェ・ロク・バスロの話を
真に受けるなら、その姪にも彼女と同じ天恵が覚醒している可能性が...
という事なんだとか。
現状では、シャドルチェ本人を仲間に引き入れるのは限りなく難しい。
面会をしてきたエフトポによると、外に出る条件として天恵を完全に
封じられてしまうだろうとの事だ。それじゃ苦労して出す意味がない。
他人の心を操れる「洗脳」の天恵。使いようによっては無敵の能力だ。
もちろん大勢を一気に洗脳するのは不可能らしいが、そこは文字通りの
「使いよう」である。工夫ひとつで天恵の価値は跳ね上がるだろう。
特にネイルは、この天恵は是非とも欲しいはずだ。それは断言できる。
だったら、ダメモトでもひとつずつ可能性を検証するのは当然だ。
しかし、ダメモトとは言え当たりを引く可能性はそれなりにある。
もし当たりだった場合、相手の天恵を考えれば迂闊な接触はできない。
だから俺に声がかかったって事だ。
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「居住地は判っている。調べるのは大変だったけどね。」
翌日。
ネイルからの正式な要請を拝受したエフトポは、一緒に行く事になった
俺に顛末を説明していた。どうやら本気でその姪を、ヘッドハントする
つもりらしい。…どうなっても俺は知らないからな?
「ってかその姪…何だっけ名前。」
「ランドレ・バスロだよ。」
「そいつが伯母と同じ天恵を持っているって話は、シャドルチェがそう
言ってただけだろ?あんたとしてはどういう見立てなんだよ。」
「調べた限りで言えば、それらしい兆候などは何もないな。彼女は現在
伯父のペイズドと暮らしているが、至って慎ましい噂しか聞かない。」
「だったらダメじゃないのかよ。」
「その噂が本当なら、だけどね。」
「は?」
どういう意味だ。
そこまであれこれと調べておいて、その調査結果にケチつけるのかよ。
「それとなく近隣の家の人間に質問してみたが、誰の答えも同じだよ。
判で押したように同じ答えを返す。あの二人はごく普通ですよ、と。」
「だったら……ちょっとまて。それつまり、言わされてるって事か?」
「可能性はあるね。あそこまで皆、同じ答えを返すような状況では。」
「マジかよ。」
正直、少し背筋が寒くなった。
その話が本当なら、姪―ランドレは「洗脳」の天恵を使い、近隣住民を
支配しているって事になるだろう。ある意味、並の犯罪者よりも怖い。
だが、目的次第で見方が変わるのもまた事実だ。エフトポが言った通り
報道規制がかかるような事件なら、当事者が静かに生きていきたい…と
願うのは当然だろう。自分の天恵でその平穏が得られるなら、迷わずに
使ったとしても責められない。
そして、もし本当に「そんな事」を成し得ているというのなら。
ネイルが欲しがるのも当然だろう。
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「で、結局俺がやるんだな。」
「君にしかできない事だからね。」
「まあそうだろうけど。」
お世辞でも何でもない。エフトポの言った言葉は、ただの事実だ。
俺の天恵「鑑定眼」は、相手の持つ天恵を一瞬で「見る」事ができる。
宣告ではないから覚醒をさせる事はできないが、それでも戦力増強には
かなり貢献してきたと思っている。
もちろん、ロナモロスにも神託師はいる。かなり歳のいってる女性だ。
あくどい事もするが、神託師としてちゃんと宣告ができる人材である。
だが今回、彼女が直接事に臨むのはどう考えても無理だ。危険なのかも
知れないし、かなりリスクも高い。
ならやはり、何も使わず天恵のみで相手の天恵が見られる俺でないと、
事が大げさになってしまうだろう。実に現実的で合理的な判断だ。
しかし、大きな問題が残る。
「知ってると思うけど、俺は相手が宣告を受けているかどうかまでは
判らない。そこは大丈夫か?」
「もちろん、抜かりはないよ。」
即答したエフトポは、そこでニッと意味ありげに笑ってみせた。
それを目にした瞬間、再び少しだけ背筋が寒くなった。
抜かりはない、か。
おそらくロクでもない事だろうな。
まあ、だからって別に気にしない。
俺たちがロクでもないのは、本当に今さらだからな。