ほどほどが一番
状況の乱高下に、気持ちそのものがついて行ってない気がする。
背信者などというレッテルを貼られ絶望し、開き直って遠くに赴き。
そこでダメモトでもう一度天恵宣告を受けてみたら、聞いていた天恵が
あっさり覚醒した。実践してみればまさに名前の通り。我ながら引く。
しかし、乱高下の末の結果がこれと言うなら、大歓迎である。
常人を遥かに超える剛力。まさしく大工向け天恵そのものではないか。
むしろ他の職の人が得たとすれば、軍人以外は持て余す代物だろう。
この街に来て良かったと思う。
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結局、その日は安宿に泊まった。
する事もなかったので、得た天恵を時間の許す限り詳しく検証した。
結果として、直後よりは落ち着いて向き合う事ができるようになった。
なかなか使い勝手のいい力である。無差別な怪力になったのではなく、
明確に意識しない限り発動しない。ドアを破壊したりする心配はない。
反面、意識さえしていればかなりの長時間連続使用もできるらしい。
実に至れり尽くせりの仕様である。
しかしここまで検証した結果、この力はあまり軽々しく人に見せるべき
代物ではないと思い至った。見た目の上でも派手で分かりやすい反面、
目の当たりにした人からどんな風に思われるかがちょっと心配になる。
そもそも天恵宣告が廃れた時代だ。なくて当然だという風潮は根強く、
持っているだけで後ろ指を指される価値観はまだまだ主流なのが現実。
ましてやこの「剛力」は、俺という人間にはまさに天の恵みそのもの。
色々な意味で、やっかみを受ける事になったら目も当てられない。
「よし。」
すっかり夜も更けた星空を見上げ、俺は今後の方針をはっきり決めた。
結局、ほどほどが一番である。
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翌日。
早々に宿を発ち、寄り道せずに城の修繕工事事務所へと向かった。
事前に斡旋所から連絡を入れているため、あっさりと採用が決まった。
「経験者は歓迎なんだ経験者は。」
少し白髪の目立つ親方の言葉には、得も言われぬ実感がこもっていた。
「観光名所だとは言っても、こんな田舎の古ぼけた城の修繕じゃなあ。
腕のある若い奴らは嫌がるんだ。」
「ああ、そうかも知れませんね。」
嘆きは理解できる。
やっぱりロンデルンみたいな大都市で腕を振るいたい…と思うものだ。
例えば王立図書館の改修なんかは、まさに花形と言うべき案件だろう。
そっちに求人の応募が流れてしまう風潮は、誰にも責められない。
でも今の俺にとって、職場がどこかなんて話は本当に些事である。
嫌な事があり、それが解消された。しかも大いなる恩恵も与えられた。
だったらもう、どこででもいいから真面目に働いて結果を出せばいい。
得た天恵がその中で生かせるなら、それに越した事はないだろう。
文句を言う筋合いは何もなかった。
「では、よろしくお願いします。」
「長期で詰めてくれるのか?」
「改修後の落成式まで付き合いますから、ご心配なく。」
「そうかそうか!!」
ニッと笑った親方の顔は、何となく少年っぽさが見て取れた。
この仕事が好きなんだろうなあと、我が事のように嬉しく思えた。
よし、とことん頑張ろう。
そんなわけで、俺の就職はあっさり決まった。
得た天恵の説明をするべき場面は、最後まで巡ってこなかった。
それでいいと思える自分が、何より誇らしかった。
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「またどうぞー!」
割と長居したヴィッツさんの背中を見送り、俺たちはひと息ついた。
少しずつ日が短くなってきている。そろそろ閉めてもいい時刻だ。
「鉢植え片付けてくるね。」
「ああ、頼む。」
ネミルにそう答え、俺は店を閉める支度を始めていた。
今日はポーニーがいない。なので、片付けの手伝いはローナがする。
週末はいつもこんな感じだ。もはや神が皿洗いをする姿も、当たり前の
光景として受け入れてしまってる。つくづく慣れというのは怖いなあ。
…まあ、別にいいか。
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「それにしても…」
片づけを終えた俺たちは、コーヒーを淹れてくつろいでいた。外はもう
暗くなっているけど、ローナの帰る時間は何時でもいいから気が楽だ。
「ヴィッツさんは賢明だな。」
「ああいう天恵との付き合い方は、個人的に好みね。」
「やっぱり好みがあるんですか。」
「まあね。」
ネミルの興味深そうな問いに答え、ローナは軽く肩をすくめた。
「実際に見聞きする機会はそれほど多くなかったけど、その時代時代の
人間の耳目を借りる機会はあった。まあ、本当に人それぞれだった。」
「やっぱり、天恵に呑まれた人間も結構いたのか。」
「権力者とか成り上がりとか、その類は悲惨な末路も多かったかな。」
事もなげに遥かな過去を語る姿が、いつ見てもシュールだった。
「でもまあ、天恵ってのはある意味自己責任の集大成よ。与える側には
末路を嘆く道理なんてないからね。ああ、そんな感じかと思うだけ。」
「…………………………」
確かにその通りだ。相手が神という事実を踏まえれば言葉は重いけど、
恵神ローナは天恵の行く末にまでは干渉しないというのもまた、昔から
信じられてきた道理なのだから。
だけど、気になっている事はある。
「なあ、ローナ。」
「うん?」
「最近のロナモロスが提唱している背信者って言葉、どう思ってる?」
「うーん…」
いい機会だから、意を決して質問を投げてみた。
ヴィッツさんは非常にいい形で己の天恵と付き合えてるけど、同時期に
同じ事を言われた人たちはどういう顛末になっているのか、気になる。
ある意味天恵を歪めていると言える行為だし、なおさら気になってる。
果たして、神はどんな風に…
「まあ、宗教なんてそんなもんかなと思ってるよ。」
「え…それだけですか?」
「ご本尊があまりとやかく言うのもどうかと思うからね。」
「それは…そういうもんなのか。」
正直ちょっと意外だった。
200年前のデイ・オブ・ローナの際は、世界中に恵神ローナの怒りが
否応なしに伝えられたというのに。…今回は何が違うんだろうか?
「前にも言ったけど、あたしが真に許せないのは虚偽の天恵宣告だけ。
逆に言えば、そうでないなら自由にやればいいじゃんって感じよ。」
「…軽いんだな。」
「言っちゃ何だけど、本来のあたしにとっての人間は小さな存在なの。
それこそ知覚できないくらいにね。そんな人間の考える小細工なんて、
いちいち気にしないってだけよ。」
「なるほど、まあそうだよな。」
ものすごい大言壮語に聞こえるが、実際に彼女はこの世界の「神」だ。
人間の存在の矮小さを想像するのはなかなかに難しいものの、言う事は
そこそこ理解できる。
何が目的かははっきり判らないし、多分いい事でもないんだろうけど。
いつの時代でも、宗教と崇拝対象の関係なんてそんなものなんだろう。
矮小な俺たちが、いちいち気に病む事ではないのかも知れない。
ならばもう、雑に納得するだけだ。
まあいいか。
明日は休日、ゆっくりしよう。