年の功ゆえに至る
ネミルが神託師になってほぼ1年。
今日までに、そこそこ色んな天恵の持ち主に出会ってきた。
それなりにヤバい奴もいたし、割と危ない目にも遭ってきている。
もっとも危険だったのは、やっぱり「死に戻り」のエゼル・プルデス。
恵神ローナでさえその扱いに困る、あんなのを止められたのは奇跡だ。
他にも大なり小なり、理屈を超えた力の持ち主に肝を冷やしてきた。
だけど、天恵だけではなく生き方も含めて「凄い」と本当に思ったのは
俺もネミルも同じ人だ。もちろん、いい意味で。
その人は「不老」の天恵の持ち主、ドルナ・ペルレンスさんである。
ただ「老いない・衰えない」という地味で単純な天恵ながら、それを
受け入れ200年以上生きている。それも、ごく普通の人間としてだ。
果たして俺たちに、あんな生き方ができるだろうか。想像もつかない。
想像もつかない天恵を、どこまでも自然体で受け止めている。
色んな意味で、ローナに近い存在と言ってもいい人なのである。
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さて。
そんなドルナさんだからこそ、世の移ろいに関する記憶量が凄まじい。
ローナいわく、人間の脳には数百年分の記憶が可能な容量があるとか。
にわかに信じ難いけど、そこは神の言う事だ。信じる方が利口だろう。
「不老の天恵の持ち主なら、たぶんもっと容量は多いんだろうね。」
適当な事を言ってるように聞こえるけど、それもまあ事実なんだろう。
…つくづく、ドルナさんはいつまで生きる気なのか想像がつかない。
そんなドルナさんは、200年前の「デイ・オブ・ローナ」の経験者。
その後の世界がどう変わったのかも見てきた、真の生き証人である。
だからこそ、恵神ローナを崇拝していたロナモロス教の変遷にもかなり
詳しい。もちろん、現状に関しても定点観測的に調べているらしい。
こんな研究者肌なのに、孫の格好をして学校に行ってたと言うんだから
何とも振れ幅の大きい人である。
初めて店に一人で来た際に、彼女はロナモロスの近況について少しだけ
言及していた。ここ数ヶ月、かなり活気づいてきていると。ローナも、
その点に興味を惹かれていた。まあ当然だろうな。自分を崇拝していた
宗教団体の話なんだから。
その後、ドルナさんは暇になったと言って何度も一人で店に来ている。
ローナの茶飲み友達ってところだ。もちろん俺たちも、いろんな話を
彼女から聞いていた。
ロナモロスの最近の活況に関して、ドルナさんは学校においてもかなり
その予兆を感じていたとか。事実、生徒にも教師にもロナモロス教の
信者はそれなりに見つけたらしい。露骨に勧誘をしてくる教師とか、
家族みんなが勧誘を行っている生徒なんてのもいた…という話だった。
とは言え、ドルナさんの見立てではどれもこれも「にわか」らしい。
200年経てば、恵神ローナの怒りなんてものもほぼ忘れられている。
天恵という要素がある以上、一定の周期でこの宗教が活況を呈する事は
あったんだとか。今回もどうやら、そんなブームだろうと思っていた。
しかしドルナさんは、教師陣の中にガチの教団関係者を見出していた。
表面的な態度や勧誘活動ではなく、ちょっとした知識の片鱗からそれを
看破していた。
「どうやって?」
「講義中の質問でね。」
答えが、かなり想像を超えていた。要するに孫のゲルナさんに代わって
講義を受けた際、さりげない質問を繰り返し、その教師の知識中にある
ロナモロスの影を引き出したとか。…正直、訊いてもよく分からない。
おそらく他の生徒は気付かないし、暴かれた本人にもそんなカマかけを
された自覚はなかったと思われる。つくづく年の功ってのは恐ろしい。
というわけで、ドルナさんがガチの関係者と見なしたのは外部教員。
その名をコトランポ・マッケナーと言うらしい。
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とは言え、俺たちにとってその話は「そうですか」で片付ける内容だ。
特に興味も湧かないし、その教師に会ってみようとも思わなかった。
そもそもロナモロス教というのは、別に犯罪者の集団とかではない。
恵神ローナを崇拝している宗教で、現在でも法人の登録がされている。
著しく衰退しているせいで、入信が珍しがられるってだけの存在だ。
事実、近所にある教会は完全に廃墟と化しており、ルトガー爺ちゃんが
勝手に遊具なんかを設置していた。
学校教師がガチの関係者としても、別に問題だとは思わなかったのだ。
しかしその後日、気になる目撃談が持ち込まれた。それはドルナさんの
孫のゲルナさんと、ロナンからだ。この二人もかなり「持って」いる。
二人いわく、そのマッケナー先生が気になる人物と一緒にいたとの事。
それが他でもない「鑑定眼」の天恵を持つ男、オレグストだったのだ。
祭りで遭遇した時から気になってはいたものの、ずっと消息不明だった
あの男が、ピアズリム学園にいた。何とも怪しい話だと思った。
だけど、それだけじゃ弱い。
ただ単に、オレグストとその教師が知り合いだっただけという可能性も
大いにある。俺もネミルも、あまりあの男に先入観を持つべきでないと
肝に銘じている。とりあえず、何もなければそれでいいじゃないかと。
しかし今日。
ヴィッツ氏が店に来た事によって、悪い意味での確信を得てしまった。
どう考えても、ロナモロス教の手法はオレグストのそれとほぼ同じだ。
もちろん、本物の神託師が裏で細工をしたという可能性も無くはない。
しかしその場合、こんな確率の低いペテンのために希少なネラン石を
浪費してしまう事になる。教団側の意図が何であるにせよ、あまりにも
リスクが大きく採算が取れない手法だろう。事実ヴィッツ氏は不信感を
抱き、教団からも離れたのだから。
だとすれば、この手法は「鑑定眼」を持つオレグストがいないととても
成り立たない。逆に言うなら、彼がいたから始めたのかも知れない。
いずれにせよ、仮定はかなり強固に繋がってしまった。それもきわめて
悪い方向に。それは単に、あの男が本格的に悪事に手を染めた…という
個人的な話だけには留まらない。
名ばかり神託師三人を殺したのは、ロナモロス教の人間。
そんなおぞましい仮定が、否応なく成立してしまったのである。
やはり、現実は残酷だった。