噓じゃなかった
チリリン。
「ただいまー。」
そんな挨拶と共に入ってきたのは、買い物袋を携えた若い女性だった。
店主の青年と同い年なのだろうか。何と言うか、印象が若干幼い。
そして買い物袋の中には、まごう事なき大量の玉ねぎ。
つまり彼女が…
「あ、いらっしゃいませ。」
「おいネミル。」
「うん?安く買えたよ。それで今日の晩ご飯は…」
「お前の担当のお客さんだ。」
「え、そうなの?」
玉ねぎをカウンター上に並べようとしていた女性「ネミル」は、そこで
あらためてこちらに向き直った。
「天恵宣告をお望みですか。」
「ええ。できれば…」
「分かりました、すぐ準備します。ちょっと待ってて下さいね。」
やっぱり返しが軽いんだな。料理の追加注文を受けたみたいなノリだ。
ロナモロス教の時には、少なくとももう少し厳かな感じだったのに。
まさか、ペテンじゃないよな?
金だけ巻き上げて適当な事言って、あとは背信者のレッテルを貼って…
いやいやいや、ちょっと待てや俺。
それ確かに経験済みだけど、いくら何でも同じ手口ってのは無いだろ。
被害妄想が過ぎるってもんだ。
「お待たせしました。」
独り悶々としている間に、玉ねぎを片付けたらしいネミルさんが来た。
それっぽい服に着替えるでもなく、ごくごく普通に俺の対面に座る。
…何と言うか、雰囲気が無さ過ぎて逆に肩の力が抜けた。
「それでえーと、お名前は?」
「ヴィッツ・モンドと申します。」
「承知しました。それでは…」
えっ、もしかしてもう始まるのか?名前しか訊かれてないんだが。
そんな俺の困惑にはお構いなしに、ネミルさんは俺の顔を凝視する。
その瞳に、かすかな光が宿っているのに気づいた刹那。
「ヴィッツ・モンドさん。」
「はい?」
「あなたの天恵は【剛力】です。」
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同じ事を言いやがった。
不本意ながら確信できてしまった。
同じ手口の雑なペテンだ。
もう間違いない。
もうこれ以上、騙されてたまるか。
俺をなめるのもいい加減に…!
キュイィン!!
あれこれと考えが頭を巡った直後。
かすかな音と共に、目の前に白い光が満ちた。そこにはまぎれもなく、
光文字で「剛力」と書かれていた。
「なっ…」
何か言う間もなく、形の崩れたその文字が体にぶつかって散った。
細かな光の粒が、雪の結晶が解けるかのように肌に触れて消えていく。
それ以上は、何も起こらなかった。
「終わりました。」
ネミルさんがそう告げる。同時に、体の内側に明らかな変化を感じた。
もしかして、これが覚醒した天恵の感触なのだろうか。…だとしたら、
どうして今さら覚醒に至ったんだ?前の時から、何が変わったんだ?
「あの、大丈夫ですか?」
「ええ…はい。」
気遣わしげなネミルさんの問いかけに、他意などは全く感じられない。
彼女は彼女の仕事を普通にこなし、それ故に俺の反応に何か違和感を
覚えた…という事なんだろう。
ほんの少しだけ、この後どうするか迷った。
何も言わず金を払って出て行くか。
それとも...
いいや、迷う事じゃないな。
嫌な思いをした上、納得には程遠い出来事が今まさに起きたんだから。
はっきりさせるべきだろう。
今、ここで。
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「…同じ天恵を宣告された?」
「そうです。」
答える声に、嘘を言っているような響きは全くなかった。
ヴィッツ・モンドと名乗った彼は、信じ難い話を俺たちに打ち明けた。
「確かにその時に、天恵は【剛力】だと言われました。」
「なるほど…それで覚醒しないのは心の問題だ、と?」
「今にして思い返せば、胡散臭い事この上なかったんですけどね。」
「それはそうでしょうね。」
何とかそう答える俺のすぐ傍らで、ネミルとポーニーが目を丸くする。
まあ無理もない。まさか今になってこんな話を聞く羽目になるとは、
俺でも想像できなかったから。ふと目を向ければ、奥の席のローナも
興味深げに耳を傾けていた。
「…で、ロナモロスには戻らずこの街に来られたんですか。」
「落ち着いて考えれば変な話ばかりだし、嫌気が差していたもんで。」
言いつつ立ち上がるヴィッツ氏が、奥に飾ってあるシュリオさんの鎧に
ポンと手をかけた。
「これ持ってもいいですか?」
「え?ええ。」
何だ、何をする気だそんな重いの…
次の瞬間。
「え!?」
ネミルとポーニーが仰天した。
ヴィッツ氏は親指と人差し指の二本だけで、鎧を軽々と持ち上げた。
不条理なその光景は、たった今彼が得た天恵【剛力】の成せるわざだ。
…ある意味、ここまで分かりやすい天恵もちょっと珍しいだろう。
「なるほど、何か分かりました。」
ゆっくり鎧を戻したヴィッツ氏は、ネミルに向かい深々と頭を下げた。
「どうもありがとう、ネミルさん。おかげでスッキリしました。」
「それは何よりです。」
呆気に取られていたネミルも、彼に対する返答はしっかりしていた。
「活かせそうですか?」
「申し分ないですね。」
そう言いつつ、ヴィッツ氏は笑う。何だか、会心の笑みに思えた。
「明日からの面接と仕事に、それとなく大いに活用します。じゃ!」
「ありがとうございましたー…」
荷物を手にしたヴィッツ氏は、指定以上の料金を置いて出て行った。
安宿を探すか野宿するか、何にせよその背はしっかり前を向いていた。
気持ちが上向いたのなら何よりだ。きっとまた来てくれるだろう。
「…さて。」
彼の後ろ姿が見えなくなってから、俺は腕組みをして言った。
「どう思う?」
「間違いないと思うよ。」
迷いなく答えたのはネミルだった。もちろん、言いたい事は分かった。
ポーニーとローナもまた、俺が何か言うのをじっと待っている。
覚醒しなかった天恵。
しかし、それは嘘でもデタラメでもなかった。紛れもない本当の天恵。
あまりにも覚えのあり過ぎる話だ。しかもご丁寧に、彼は奥に飾られた
あの鎧にまで触れていった。まあ、それは単なる偶然だろうけど。
考えられる可能性は、ただ一つだ。
「オレグストは、やっぱりあれからロナモロス教と結託したんだな。」
「そうね。」
そうであって欲しくなかったけど。
杞憂であって欲しかったけど。
現実ってのは、容赦ないもんだな。




