神託師は誰だ
チリリン。
「いらっしゃいませー!」
もうすぐ夕方になろうかという時間にも関わらず、元気な挨拶が響く。
赤毛三つ編みの女の子が出迎えて、窓側の席へと案内してくれた。
ここが神託カフェなのか。
名前からして異様なものを想像していたが、いたって普通だ。むしろ、
室内のデザインは今風でさえある。仕事柄どうしてもそういった部分に
意識が向く。どうやら、信用のある施工会社が手掛けた内装らしいな。
「どうかなさいました?」
「あ、いえ失礼。」
ジロジロと無遠慮に内装を見ていた俺に、三つ編み少女が声をかけた。
いかんいかん、不審者っぽいぞ俺。来たばかりの街だってのに。
「ご注文は?」
「サンドイッチとコーヒーを。」
「承知しました。」
「できればサンドイッチ二人前で。お代は払いますんで。」
「はぁい!」
元気だなあ、この子。
アルバイトなのか正規店員なのか、とにかく若い。見た目で言うなら、
まだ学生くらいじゃないのか。雇用はどうなって…
下世話な事を考えながらカウンターに目を向けると、店主らしい人物が
サンドイッチ作りに取り掛かるのが見えた。…うん、こっちも若いな。
家族経営してるのかとも思ったが、どうやらそれ系でもないらしい。
うん、余計な詮索はやめよう。誰が誰を雇おうとどんな商いをしようと
それは個人の自由だ。部外者風情がとやかく言うような事じゃない。
とにかく、腹を満たそう。
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ようやくひと息ついた。
明らかにサービスしてくれたらしいサンドイッチを平らげ、コーヒーを
堪能する。若いのなんのと心の中で難癖つけていたけど、間違いのない
いい店だった。現場からも近いし、本採用になったら通う事にしよう。
さて。
カフェとしては申し分なかったが、やっぱり引っ掛かる。店の中にも、
「天恵を見ます」と書かれた看板がある。ごくごく控え目ではあるが。
神託カフェの神託ってのは、やはり天恵宣告を行う神託師の事なのか。
…その割に厳かな雰囲気もないし、それらしい人物も見当たらない。
神託師が副業を持っている、という話は聞いた事がある。って言うか、
副業がなけりゃ生きていけないのは誰でも想像できる。現実は厳しい。
だとしても、こんな豪快なコラボがあったとは驚きだ。
「お代わりどうですか?」
「あー…じゃあ頂きます。」
笑顔でコーヒーのお代わりを注ぐ、赤毛の三つ編み少女。
黙々と皿を拭いている、カウンター奥の若い男性。
このどっちかが神託師なのか。
いや、一番奥の席に陣取って、外をボケっと見ているあの眼鏡女か。
「こちらへは、初めてですか?」
「え?あ、いやその…」
出し抜けに、店長らしき若い男性が声をかけてきた。思っていたよりも
愛想のいい青年らしい。正直言って不意打ちだったので、少し慌てた。
「ええ。あそこの古城で修繕工事をやってるの、ご存知ですか?」
「もちろん。作業員の人も何人か、常連になってくれてますよ。」
「俺もその候補です。」
「あ、なるほどそういう事ですか。そう言えば外部人員も募集する話、
聞いた事がありましたね。」
思っていたより話しやすいな、彼。若くてもさすがは接客業だ。
お代わりのコーヒーを啜りながら、俺はふと己の中の疑問を思い出す。
ひょっとすると、この街に来たのは何かの縁があったのでは…と思う。
あの募集に迷いなく応募したのも、腹を空かせてこの店に入ったのも。
何かしら、見えざる力みたいなのが働いたんじゃないのかと。
そんな事を考えるキャラじゃない。少し前まではそう思っていたっけ。
だけど不幸や不運が重なり、天恵の宣告なんてものに救いを求めたのも
確かだ。気分が滅入るような出来事の連続で、浮かぶ瀬が欲しかった。
だけどロナモロス教に赴いた事で、見事に望みを否定されてしまった。
大した救いは望んでいなかったにも関わらず、背信者などという言葉で
追い返されてしまった。
あらためて考えると、やはり納得がいかない。俺が一体何をしたんだ。
俺と同じように突き放された連中にしても、背信などしてないはずだ。
もちろん、抗議の声を上げようとかそういうつもりはない。全くない。
腐っても相手は大きな宗教団体だ。分が悪いのは明らかだし、そもそも
俺はそんな事するキャラじゃない。自分の事で手いっぱいな小物だ。
ああ、そうだ。
だったらここで、もう一度だけ挑戦してみるのも悪くないだろう。
前回とは違って、今の俺がこの店にいるのは完全な偶然の導きなんだ。
きっかけとしては申し分ない。
よし。
「ご店主。」
「はい?」
「こちら、天恵の宣告を受けられるお店なんですよね?」
「ええ、そうです。」
返答が軽いな。
あれこれ葛藤している俺が、何だか馬鹿みたいに思えてしまう。
「今すぐって、お願いできます?」
「あー…ちょっとだけ待ってもらう事になりますが。」
「そうですか。」
やっぱりすぐには無理なのか。
大掛かりな準備が必要とか、神託師を迎えに行かないといけないとか…
「やる人間が今、ちょうど買い物に行ってるんで。」
「買い物?」
神託師が買いに行くものというと、やっぱり…
「ひょっとして、触媒にするためのネラン石の買い付けとかですか。」
「ずいぶんお詳しいですね。」
「え?ええ、まあちょっとね。」
青年はちょっと驚いていた。確かに一般人はあまり知らない事だろう。
単に昔、大工の師匠から聞いた事があるだけなんだが。もちろん詳しい
手順なんかは全然知らないし。
「そういう買い物って、どこで…」
「いやいや、そんな大層なもんじゃないですよ。」
好奇心のまま訊いた俺に対し、青年は笑って手を振った。
「玉ねぎが切れたから買いに行っただけです。」
「え?」
玉ねぎ?
神託師が玉ねぎ買いに行くのか。
大丈夫かなこの店。
違う意味で心配になってきた。